修学旅行





                      「おやおや」

                       天羽は職員室の前を通りがかった時、目に入った光景にニヤついた。
                       現在、職員室の前の壁には普通科の修学旅行の写真が貼り出されている。
                       写真が欲しい生徒は紙に希望の番号を書いて担任に提出するのだが、
                      もちろん、普通科の写真なので普通科の生徒にしか申し込む事が出来ない。

                       だが、今写真を熱心に眺めている人物は白いブレザーを着た音楽科の生徒。
                       先日まで行なわれていた学内コンクールで優勝し、ヴァイオリンロマンスを成就
                      させたことで知らない人はいないほどの有名人だった。

                       天羽はネタが転がっていたとばかりにその人物に声をかけた。

                       「月森くん」

                        予想はしていたが、振り返った月森は期待を裏切ることなく冷たい視線を
                       天羽に向けてきた。
                        しかし、それはいつもの事なので怯む事はない。
                        そんなことよりも今は好奇心のほうが勝っているのだ。

                       「天羽さん、何か俺に用事が?」
                       「この写真は普通科の生徒しか買えないよ」

                        わざとらしくそんなことを言ってみる。
                        月森だってそんなことは重々承知だろう。
                        音楽科の写真だって音楽科にしか買えないのだから。

                       「香穂の写真なら本人に見せてもらえば?」

                        天羽はからかう気持ちを隠そうとせず、意味ありげに笑った。
                        月森はそれを見て更に不機嫌さが増した。
                        腕を組み、顔をフイッと背ける。

                       「ここにある写真なら言わなくても香穂子の方から見せてくれた」
                        
                        香穂子のことだ。
                        きっと写真を見せながらアレコレと月森に旅行中の話を聞かせたのだろう。
                        そんなことは天羽にだってわかっている。。
                        問題はなぜ月森はその写真を熱心に眺めていたのかだ。
                        それについてだって実はだいたいの予想は出来ていた。

                       「でも、見せてもらっただけで貰ったわけじゃないんだよね?」
                       「ほんとは手元に置いておきたかったんじゃないの?」

                        月森はぎょっとして天羽を見た。
                        見る見るうちに顔が赤くなっていく。

                       「月森くんてば嘘がつけないねぇ」

                         そんなに素直に反応してくれちゃうから天羽も金澤も月森をからかうのを
                        やめられないのだ。
                         彼女である香穂子ですらこんな月森を見ると可愛いという。

                         月森はバツが悪くなったようでそこから立ち去ろうとした。

                       「話がそんなことならこれで失礼する!」

                        だが、天羽は慌ててその腕を掴んだ。
                        まだ肝心の本題には触れていない。

                       「修学旅行の写真わけてあげようか?」
                       「え?」

                        突然の申し出に月森は驚いて立ち止まった。

                       「ここにある写真って同行したプロの人が撮ったものでしょ?」
                       「卒業アルバムに載る可能性もあるからちょっとみんな表情が固いのよね」
                       「でも、私もカメラ持参でみんなの写真を撮ってからさ・・・」

                        天羽は持っていたファイルから数枚の写真を取り出し、月森の目の前に
                       扇のように広げて見せた。

                       「香穂の寝顔から食べてる所まで、インタビュー一回につき一枚でどうよ?」
                       「寝顔写真なんて香穂だって見せてくれなかったでしょ?」
                       

                        相手の痛いところをつくのが交渉戦術のポイントだ。
                        月森は写真をチラリと見てかなりうろたえた表情を見せた。
                        これはもう一押しだ。

                       「撮ったの私だけだよ?」

                        つまり手に入れる手段は天羽だけということ。
                        その言葉が効いたようで月森は悔しそうに小声で呟いた。

                       「一回で5枚・・」

                        しかし、それはしっかりと天羽の耳に届いていた。

                       「交渉決裂!」

                        写真をファイルに挟んで立ち去ろうとする天羽を今度は月森が呼び止めた。
                    
                       「一回につき2枚・・・それで勘弁してくれ」
                       「しょうがないな〜」
                       「まあ、それくらいならね」

                        交渉は無事に成立し、月森はとりあえず二枚の写真を手に入れた。

                        それから何度か、校内新聞のトップを月森が飾る事になる。

                        ちなみに香穂子はというと。

                        「ありがとう〜森さん」
 
                        月森と同じクラスである森に頼んで壁に貼ってあった写真も、
                       旅行中の隠し撮りもしっかりと手に入れていた。

              

                       このお題にしては珍しく両思いの二人。
                       私が通っていた高校も私立で三つの科がありました。
                       日程とか全部違います。
                       音楽科と普通科じゃ日程どころか行き先も違うんじゃないでしょうかね?
                       だから写真ネタで書いてみました。