衝動


                     本当に突然、人はアレが食べたいとか、アレがしたいとか
                    そういう衝動に駆られる時がある。

                     私の場合は・・・・・。

                     お天気の良い穏やかな休日。
                     私と蓮は待ち合わせをして海の見える公園を散歩していた。
                     今日は暖かいし、風も気持ちよいから親子連れやカップルが多く見られる。


                    「今日は人が多いな」

                     走り抜けていく子供達に気をとられながら蓮は言う。

                    「こんな気持ちの良い日に家に閉じこもっているのは勿体無いものね」

                     私はそう答えると立ち止まって海を眺めた。
                     陽を浴びてキラキラと水面が輝いている。
                     蓮も私の隣に立って同じ様に海を眺めていた。

                     どちらからともなく手を繋いで、互いの体温を確かめ合い、
                    ホッと出来るこの静かな時間がとても愛しい。

                     ふっと蓮の横顔を見上げる。
                     綺麗な色素の薄い髪がサラサラと風に靡いている。
                     それを見た瞬間に思った。

                    (あの髪に触りたい・・・)

                     あの髪を指で梳きたい。
                     蓮の頭を抱っこしたい。
                     そしたらきっと気持ち良いだろうな。

                     ジッと見つめていると、私の視線に気づいた蓮がこちらを向いた。
                      
                    「どうかしたのか?香穂子」

                     私は慌てて首を振る。

                    「ううん、何でもない」
                    「もう行こうよ」

                     蓮はまだ不思議そうに私を見ていたけど、誤魔化すようにさくさくと歩き出す。

                     私と彼の身長差はおよそ20cm。
                     彼が私の髪を撫でるようには簡単にはいかない。

                     翌日、
                     学校にいてもまだ同じことを考えていた。

                     今、思えば何かズルイよね?
                     蓮はあんなにも簡単に私の髪に触れるのに。
                     私は出来ないなんて。

                     「香穂ちゃん。今日彼氏と練習するって言ってなかった?」

                      友達に言われてハッと我に返る。
                      そうだ。昼休みは蓮と約束してたんだっけ・・・。

                     「うん、ちょっと行って来る」

                      ヴァイオリンケースとお弁当を持って席を立ち上がる。
                      蓮、きっともう待ってるだろうな。

                      そう思いながら階段を下りようと角を曲がると、いきなり現れた
                    人影にぶつかってしまった。

                     「きゃ!」

                      後ろに尻餅を着きそうになるのを腕を掴まれて引き戻される。

                     「すまない。大丈夫か?香穂子」
                     「蓮、迎えに来てくれたの?」
                     「ああ、君がなかなか来ないから」
                     「そっか・・ごめんね」
                     「良いんだ。さあ行こう」

                      蓮はそう言って先に階段を下りはじめた。
                      私もそれに続いて階段を下りると、あることに気づいた。
                      私の目の高さには蓮の頭がある・・。

                      階段だと身長差が無くなる・・・。

                      そっとケースを持ち替えて、開いた右手で蓮の髪に手を伸ばした。
                      指から零れ落ちる青い髪。

                     「!?」

                      髪に触れた途端、蓮は驚いて振り返った。

                     「やっぱり気持ち良い〜。前から触りたかったんだ」
                     「階段だと蓮と目線が一緒になれるから良いよね」

                      ここが学校じゃなかったら抱きしめられるのに。
                      蓮は今、すごく不満そうな顔をしてるけど私は嬉しいな。

                      しばらくの間撫でていると、グイっと蓮の顔が近付いた。

                      あ・・と思っている隙に重ねられる唇。

                      「そうだな、階段だとキスをするのに楽だ」

                      私は真赤になってるのに、蓮は平然としてる。

                      「蓮、ここ学校だよ?」
                      「誰かに見られたら・・・」
                      「学校なのに先に触れてきたのは君の方じゃないか」
                      「う〜」

                      その通りだから何も言えない。

                      どうやら気の赴くままに行動すると痛い目を見るみたい。

                      その衝動のしっぺ返しにご用心。
             
                 
                      久しぶりの更新がこんな話ですみません。
                      私も日向で丸くなっている猫を見るとわしゃわしゃと撫で回したくなります。
                      すごくイヤそうな顔されます(笑)