スキを見せたら奪うから
どんなに遠くにいようともその姿を見つけることが出来る。
どんなにたくさんの人がいようとも、君の声を、ヴァイオリンの音色を
聞き分ける事が出来る。
恋というものをすることで新たに知った自分の特技。
最初、この気持ちを自覚した時、戸惑いと一緒に可笑しさが込み上げた。
散々冷たくしておいて今更好きだと・・・?
どんなに恋焦がれても手遅れじゃないか・・・。
「やっぱり土浦君と日野さんて付き合ってるって本当なの?」
「そうじゃなかったら、あんな大勢の前で助っ人なんてしないわよ」
おしゃべりなクラスの女子の会話。
嫌でも耳に入ってくる二人の仲。
今更、驚きはしない。
以前、二人で練習室に入っていくのを見たことがある。
練習に付き合うほど二人の仲は良くて・・。
俺なんかと付き合うことよりもあの二人が思いあうことは自然的なことなのだ。
それでも俺は・・・・
「どうしたの?月森君。ボーっとして・・」
「!?」
突如現れた本人に驚きを隠せない。
「そんなに驚かなくても・・・」
やや不満そうだが仕方が無いだろう。
考えていた本人が急に目の前に現れたのだから。
「すまない。考え事をしていたものだから・・・」
「そうだったんだ。ごめんね驚かせて」
「いや・・」
日野は優しい笑みを俺に向ける。
「何か用だったのか?」
「あっ、実はちょっとお願いがあって・・」
彼女は持っていた荷物の中から楽譜を取り出す。
「どうしても引っかかるとこがあって・・教えてもらえないかな?」
頼みにくいお願いをする時の癖なのか・・彼女は上目づかいで
俺を見つめてくる。
それがとても可愛らしくて、抱きしめたい衝動に駆られる。
「今日、練習室を予約してあるんだけど・・」
「今日?練習室!?」
日野の言葉に愕然とした。
彼氏がいるというのに本当に良いのだろうか?
「あっ、都合が悪かった?」
俺の反応に彼女の表情は一気に暗くなる。
そんな顔されたら誰だって断れないだろ。
ましてや俺は君が好きなのに。
「いや、大丈夫だ・・・」
「ホント!?良かった!!」
さっきとは打って変わって明るい表情が戻る。
「じゃあ放課後練習室で待ってるから・・」
「あぁ・・」
日野はにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべ、教室に戻っていった。
(どうして好きでもない男と練習するのに、そんな嬉しそうな顔するんだ)
もしも彼女が誰のものでもなかったのなら・・・。
少しは期待も持てただろうに。
その”もしも”がありえない今は、俺を辛くするだけだ。
「日野!?」
放課後。約束通り練習室にやってきた俺は足を踏み入れて驚いた。
日野がピアノの前に座り、うつ伏せになって眠っている。
すーすーという規則的な寝息に深い眠りである事は明らかで・・。
(疲れているのだろうか?)
疲れていないわけが無い。
普通科の授業に加え、コンクールの練習。
体育など色々な面で優遇されている音楽科と違って、通常通り
の授業が行われる普通科は怪我の危険など圧倒的に不利な面が多い。
それに気をつけながらのコンクールの出場は神経を使うだろう。
(それにしても・・・)
何という無防備なのだろう。
これから密室で男と二人っきりになるという緊張感はまるで感じない。
(アイツといる時もこうなのか・・・)
それとも・・・。
本当に好きな奴の前では緊張するタイプなのか
そして緊張感の中で二人は・・・
片思いの自分でさえ、頭の中で何度も彼女の身体を抱いているのだ。
思いが通じ合い、常に傍にいる二人がそうならないのはおかしい。
そこまで考えて大きく頭を振った。
嫉妬で気が狂いそうになる。
音楽科の白いブレザーを脱ぐとそっと彼女に羽織らせた。
彼女の身体が僅かに身じろぐ。
頬にさらさらと髪が掛かる。
その長い髪を手に取るとそっと唇を寄せた。
ここは防音設備の整った練習室の一室。
ここで無理矢理彼女を自分のものにしても、誰かに知られる事は無い。
でも、今日はそれをしないでおこう。
彼女の泣き顔はきっと可愛いだろうけど、泣かせる事は本意ではないから。
でも、日野。
これだけは覚えておいて欲しい。
今度君が俺の前でこんな風に隙をみせたなら・・・
君が誰を思っていようとも、君のすべてを奪うから。
BGMは「FLAM」です。
この曲を聴いて月森に突っ込んだのは私だけですか?
「天然か?天然なのか!?月森!!」
何でその日野ちゃんの反応で気がつかないんだよ。
しかし、この続きちょっと書きたいかも。
気が向いたらやります。
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