それでも君が大好きだよ



                 それはある日の朝、月森が目を覚ましてすぐのことだった。

                 一階にある洗面所で顔を洗い部屋に戻ってみれば、枕元に置いてある
                携帯が点滅して着信があったことを知らせていた。


                 メールを見なくてもわかる。
                 こんな朝早くに気軽にメールをくれるのは香穂子からだ。

                 月森は自然と顔が綻んでいくのを自覚しつつメールを開いた。




                 ”おはよう蓮くん”

                 今日は体調が悪いので学校はお休みします。
                 ちょっと熱が高いのでまた学校にいけるくらいになったら
                メールするね。


                  その完結なメールを見て、甘い朝の挨拶を予想していた月森は
                がっかりしたのと同時に心配にもなった。

                  体調が悪いとは風邪だろうか?
                  昨日は元気だったのに・・・。
                  放課後は見舞いにでも行ってみようと思いたち、再び携帯を開いた。

                  ”放課後に見舞いに行く”と、自分も一行だけのメールを送信すると、意外にも返事は
                すぐに返ってきた。

                  ”ダメ!絶対来ちゃダメ!!
                   良くなったらメールするからそれまでは会えないの。
                   ごめんね?”

                  これにはショックを隠しきれなかった。
                  漫画的な表現で言うならば頭の上に岩を落とされたくらいの衝撃だろうか。

                  「俺だったら病気で弱っているときほど香穂子にいて欲しいと思うが・・
                 彼女は違うのだろうか?」

                   トボトボと通学路を歩きながらそんなことを考えて深い溜息を吐いた。
                   いつもは香穂子と並んで歩いているせいか今日は少し寂しく感じる。

                   だが周りの人間はそんなことはつゆ知らず、落ち込む月森を見て

                  「アンニュイな感じの月森くんも素敵ね」と囁きあっていた。



              
                    放課後になり、一度は練習室に足を向けたもののやはり気は進まない。

                   「やっぱり香穂子に会いに行こう」
                   「何か事情があるのかもしれない」

                    月森はそう言って開けたヴァイオリンケースを再び閉じた。
                    そしてその足で大急ぎで香穂子の自宅へと向かった。

                    息を切らしつつインターフォンを押すと、現れたのは香穂子の母だった。

                   「月森くん・・?」

                    息を切らして汗を浮かべている月森を見て香穂子の母は首を傾げた。

                   「こんにちは・・あの香穂子さんの様子は・・?」

                   「困ったわ!」
                   「え?」

                     香穂子の母は月森を見つめたまま困惑した表情を浮かべた。

                   「ねえ、月森くん。あなた・・・」
                   
                     香穂子の母の質問に月森は目を丸くした。



                     コンコンとドアをノックする音に、香穂子は重たい身をあげた。

                   「は〜い」

                     きっと母親が何か飲むものを持って来てくれたのだろう。
                     香穂子の返事に遠慮がちにドアが開いた。

                     そしてドアから顔を覗かせた人物を見て驚き、勢い良く布団を頭から被った。

                    「ひどい!蓮くん。来ないでって言ったのに!!」

                     そんな香穂子にそっと近付き、月森は布団越しに背中をさすった。

                    「すまない・・どうしても心配だったんだ」
                    「おたふく風邪だって・・・?」

                     月森の言葉に香穂子はそろそろと布団から顔を出した。

                     両方の頬がパンパンに腫れている。

                     「うつっちゃうよ?」
                     「香穂子のお母さんにも心配されたが、俺は子供の頃にやってるから
                    大丈夫だ」

                     「蓮くんにだけはこんな顔見られたくなかったのに・・」

                      目を潤ませて怒ったようにそっぽを向いた。
                      それが可愛くて笑みが零れる。

                     「今、笑ったでしょ!?」
                     「すまない・・可愛いと思ったんだ」

                     「嘘だよ・・可愛くないもん」
                     「可愛いさ・・君は」

                      あまりにストレートな言葉に、香穂子は驚いて頬が腫れているのも
                     忘れて月森を見つめた。
                      待っていたかのように冷たい手がおでこに当てられる。

                      熱の上がった身体にはそれが心地よかった。

                      だが、次の言葉に再び香穂子の熱は上昇することになる。

                     「どんな姿をしていても俺は君が大好きなんだ」

                      月森の急な愛のささやきに、香穂子の顔は更に赤くなった。


                  
                      大人になってから罹ると大変ですよね。