その手から伝わる・・・・・




                        


                     「おめでとう!!一等賞」

                     香穂子の目の前にいるはっぴを着たおじさんが満面の笑みで
                    カランカランとベルを鳴らす。
                     通りすがりの主婦が「何かしら?」と足を止め、香穂子とその母を眺めていた。

                     「ペアで一泊二日の温泉旅行です」

                      おじさんが差し出した祝儀袋を受け取りながら、香穂子の母は呆然として
                     呟いた。

                     「すごいわ・・福引で温泉旅行が出るのはテレビの中だけじゃないのね」

                      確かに・・・荷物もちをしていた香穂子は隣で黙って頷いた。


                     「へぇ〜、すごいじゃないか」

                      夜、帰宅した蓮はネクタイを外しながら香穂子の話に聞き入った。

                     「それで?温泉にはお義父さんとお義母さんで行くのか?」
                     「ううん、その時ちょうどお父さんが出張なんだって」
                      香穂子は蓮が先に脱いだ上着をハンガーに掛けてクローゼットに入れた。
                    
                     「おねぇちゃんの所は子供が二人とも小さいから無理そうだし、お兄ちゃんは
                    一緒に行ってくれそうな女の子がいなさそうだよね」
                      
                      最後の義兄云々は香穂子の偏見ではないだろうかと思いながらも、蓮は
                    言葉に出さずに苦笑いした。

                     「でも、せっかく当たったのに誰も行かないのは勿体無いな」
                     「でしょ?蓮もそう思うでしょ?」

                      その言葉を待ってましたとばかりに香穂子が食いついた。

                     「じゃ〜ん、だから私たちが行く事にしました」
                     「行くって・・・」

                      突然の事に蓮はやや驚き気味にチケットと香穂子を交互に見た。

                     「だって・・・・」
                     「結婚してから忙しくて二人で遠出なんてしてないよ?」
                     「それに・・子供が出来たら二人っきりでゆっくりなんて出来ないし////」

                      拗ねた仕草から一転、頬を染めて自分の言葉に恥らうように俯いた
                     香穂子を見て、蓮もやや赤くなって目を逸らしながら「そうか・・」と頷いた。

                     「そうだな。リサイタルも終わったばかりで時間も取れるし、せっかく
                    チケットを譲ってもらったのだから行くとしようか」

                     「ホントに?ありがとう!!」
        
                      蓮の言葉に喜んだ香穂子は満面の笑みを浮かべ、勢い良く蓮に
                     抱きつく。
                      蓮はその身体を抱き返しながらも「この笑顔には敵わないんだ」と
                     心の中で思った。



                      数日後、二人は電車に二時間ほど揺られて下車する駅に辿りついた。
                      そこから迎えの車に乗ってようやく宿泊する旅館に到着する。

                      旅館は山深い場所にあり、ちょっとした隠れ家的な雰囲気だった。

                     「緑が多くてなんか神聖な空気だね」

                      蓮と腕を組んで旅館の入口まで歩く香穂子はとても上機嫌だ。
                      それを見ただけでやっぱり来て良かったと思う。
                      旅館に入ると香穂子は辺りを物珍しそうにキョロキョロと見回していたが、
                     次第に暗い表情になり元気がなくなってしまった。
                      
                     「香穂子、どうしたんだ?」

                      相変わらず腕を組んでいるものの、頬を膨らませてむうっとした表情を
                     しているので蓮は困惑した。

                     「蓮ってば気づいてないの?」
                     「さっきから擦れ違う仲居さんとか他のお客さん、みんな蓮を見て頬染めてるよ」
                     「みんなヴァイオリニストの月森蓮だって気づいて声を掛けたくて
                    うずうずしてるんだよ」

                      蓮が人目を惹くのは高校生の時からわかっていたが、いつになっても
                     良い気はしない。
                      だが、蓮はそんな香穂子の気持ちを知ってか知らずか優しい笑みを浮かべ、
                     香穂子の髪を撫で始めた。

                     「そんなこと気にする必要はない」
                     「ここにいるのはヴァイオリニストの月森蓮じゃなくて君の夫としての俺なんだから」

                      香穂子の長い髪をすくい、口づける仕草とそのセリフに、香穂子だけでなく周囲
                     にいた女性みんなが「きゃ〜///」と心の中で声をあげた。

                      案内された部屋は純和風の庭に面していて、障子を開ければ
                     ししおどしの音が聞こえてくるような部屋だった。
                      夕食を済ませ、温泉を満喫した二人は部屋に戻ると、仲居さんが淹れてくれた
                     お茶を飲みながら寛いでいた。

                     「ねえ蓮、この先の池のところに蛍がたくさんいるみたいだよ」
                     
                      旅館のパンフレットを眺めていた香穂子が小さな記事を指差して
                     蓮に見せた。

                     「蛍?そういえば見たことがないな」
                     「水が綺麗な所じゃなきゃダメみたいだしね。そういう所が少なくなった
                    証拠なんだろうね」
                     「そうだな。折角来たのだし、散歩がてら一緒に行ってみようか?」
                     「うん!」

                      暗い夜道を浴衣姿のまま二人は歩いていく。
                      どちらからともなく差し出した手を繋ぎ、旅館の下駄がカランコロンと音を立てた。
                      目的の池までは少し歩かなければならなかったが、そこまでの道のりは発見の
                     連続でそれほど苦ではなかった。

                      薄暗い電灯に群がる虫たち。
                      良く見ればそこに大きなクワガタが混じっていたり、草の根に隠れる虫の音が
                     大合奏しているようで二人は「オーケストラみたいだね」と笑いあった。

                      しばらくして蛍の生息する池にやってくると、二人の目の前を数匹の蛍が
                     ふよふよと飛び回っていた。

                      「わ〜ホントだ!いるいる!!」

                       香穂子は感歎の声を上げ、瞳でその光を追いかけた。

                      「綺麗だな」
                      「ね・・・・・」

                       繋いだ手の力が強まり、香穂子の身体が蓮の身体に寄り添う。

                      「いくつになってもさ、こういう二人の思い出作りをしていけると良いね」
                      「そして子供や孫が出来たら色んな思い出話を聞かせてあげたい」
                      「パパとママは嬉しい時も悲しい時もいつも一緒なんだよって」

                      「作っていこう。それが君の望みなら・・それを叶えるのが俺の役目だ」
                      「蓮・・・」

                       蓮の言葉に驚いた香穂子が蓮を見つめると、優しい笑みを浮かべて
                      見つめ返された。
                       そのあまりにまっすぐな瞳に照れてしまい、香穂子は顔を俯かせて言った。

                      「じ・・じゃあ私は蓮の望みを叶えるのが役目だね」

                      「それならもう十分に叶えられていると思う」

                      「え・・・?」

                      「俺の望みは生きている限り、君が傍にいてくれる事だから・・
                     叶えてくれるのだろう?」

                      「そんなの当たり前だよ!!」
                      「未来永劫、その権利は蓮だけのものだよ・・」

                       蓮の腕に頬を擦り寄らせると、蓮の顔が少しずつ近付いてきた。
                       それを合図に香穂子が目を閉じると唇にぬくもりが落ちてきた。

                       それと同時に二人の周りから溢れるように飛び立つ光。

                      「わ・・・すごい数の蛍・・・」

                       顔を上げると、かなりの数の蛍たちが祝福するかのように
                      光を灯し、二人の周りを踊りはじめた。


                    
                     
                        遅くなってすみません第二弾!(一弾はアンケート御礼)
                        新婚月日でございます。
                        ご希望に添えたかはわかりませんが、ユリアさまのみお持ち帰り可
                       です。