その一言だけで




                キッチンでお茶を入れてリビングに戻ってきた月森は、ソファーに座っていた
               香穂子の顔を見てギョッとした。
                先程までテレビのトーク番組を見ていた香穂子。
                だが、その瞳には大粒の涙が次々と溢れて頬を伝い落ちている。

               「香穂子・・いったいどうしたんだ?」

                月森はテーブルの上に持っていたトレイを置くと、その指で香穂子の涙を拭った。

               「ごめ・・・テレビ見てたら何だか悲しくなっちゃって・・・」

                香穂子も我に返ると慌てて涙を隠す。

               「どんな内容だったんだ?」

                月森は視線をテレビの画面に移す。
                テレビの中では司会者がゲストとともに軽快にトークを繰り広げていた。
                月森の眼から見て、それは悲しむような話ではないように思えた。

               「あ・・違うの!」

                香穂子は慌てて手を横に振ると少し恥ずかしそうに肩をすくめた。

               「さっきね、話の中で「絶対譲れないもの」っていうテーマの話をしていたの」
               「それを聞いて私も自分にとって譲れないものって何かなって考えたんだけど・・・」
               「やっぱり何度考えても答えは一つで「蓮くん」だった・・」

               「それでどうして泣く事に?」

                月森は首を傾げた。
                自分を思い浮かべてそんなに悲しくなるのは知らず知らずに彼女を傷つけていたから
               なのだろうかと不安になる。
               
                だが、香穂子の口から出た言葉は予想外なものだった。

               「もしも・・もしもね。蓮くんに私以外に好きな女の子が出来て、その子の元に行こう
              としたら私、きっとどんな汚い手を使ってでも離さないと思う」

               「醜いくらいに泣きついて縋りつくんだよ・・きっと・・」

                優しい月森はきっとそんな自分を簡単には見捨てないだろう。
                それが解っているからそんな行動を選ぶ自分。

                本当に醜いけれど・・そんな事をしてでも月森を誰かに譲る事なんて出来ない。

                それほどまでにこの感情は深く心に根を張っているのだ。

               「で、そんな自分を想像して悲しくなったというわけで・・バカみたいでしょ?」

                香穂子は少し舌を出して笑う。
                だが、月森はそんな香穂子を笑うことなく真剣な眼差しで見つめた。

               「本当にバカだ。君は・・」

               「え・・・?」

               「その感情を持っているのが君だけだとでも・・・?」

                月森の手が香穂子の頬を撫で、親指でそのサクランボ色の唇をなぞる。

               「俺がもし、逆の立場だったらきっとそれ以上の醜いことをすると思う」
               「もしかしたら、その男をこの手にかけてしまうかも・・・」

                やがて月森の唇が香穂子の耳元に寄せられる。

                それほどまでに俺は君を愛しているよ・・・。

                月森の囁きに香穂子はぎゅっと胸を締め付けられ、目を閉じて
               唇に落ちてくる体温を待った。

               

                穏やかな恋なのにちっとも穏やかじゃない話になってしまいました。
                私にしてはめずらしく少し黒い月森さんです。
                本気の恋って綺麗な反面、色んな感情が入り混じって相手に見せられない
                ほどの醜い部分もあると思ったのですよ。
                それを書きたいのですが上手く書けないのが悔やまれる。