(ー忘れさせてーの続きです)
親友という位置
岡目八目とはよく言ったもので、当事者よりも第三者の方が
その状況を把握している事がある。
この場合はまさにそういうことではないだろうかと、天羽は隣で
何事もなかったようにお菓子を頬張る親友にチラリと視線を送る。
そう、何も悩みがなさそうにおしゃべりに花を咲かせながらおやつを
食べているのだが・・・・その目蓋はほんの少しだけ腫れている。
その事には待ち合わせ場所であるこの森の広場に彼女がやってきた時から
気がついていた。
天羽だけでなく、今この場所に同席している冬海や森真奈美も気づいたらし
く、時々困ったように顔を見合わせている。
当の本人である香穂子は、腫れも言われなくてはわからないほどだったし、
天羽たちが何も言わないので気づかれていないと思っているに違いない。
天羽はこっそりと溜息をついた。
何となく原因はわかっている。
最近、彼女の思い人が他の女生徒と一緒にいることが多いせいだろう。
昨日もそれを目撃してしまったというところか・・・。
(この分だとその原因の方も気づいてるだろうな・・・)
今頃、一人心配をしてアタフタしているに違いない。
天羽は芝生の上から立ち上がりキョロキョロと辺りを見回す。
今日は天気も良く、気温も暖かいので多くの生徒が集まっている。
「菜美?」
香穂子が急に立ち上がった天羽を不思議そうに眺めている。
「飲み物買ってくるよ。何が良い?」
みんなからのリクエストを反芻しながら一番近くの自販機を目指す。
取り出し口から四人分のジュースを取り終えた時、背後に人の立つ
気配を感じて「やっぱり・・・」と内心呟いた。
「天羽さん・・」
振り向けば予想通り、どこか心配顔の月森が立っている。
「どうかしたの?月森くん・・・・」
聞きたいことはわかっているが、わざとそ知らぬふりをして訊ねてみる。
そんな意地悪心を知ってか知らずか、月森は目を逸らしながら躊躇いがち
に訊ねてきた。
「その・・日野のことなんだが・・・」
「今日、朝に会ったときに少し目を腫らしていたんだ・・・」
「たぶん、昨日泣いたのだと思うんだが・・・原因に心当たりないか?」
(原因はあんただよ、あんた!!)
心の中で怒鳴ってみたものの、表面には少しも出さずににっこりと
笑ってみせる。
「月森くん・・・・」
「また、朝に香穂のこと待ち伏せてたの?」
「なっ!?」
天羽の言葉に月森は真赤になってうろたえ始めた。
「何の事だ?」
「俺は朝に偶然日野に会っただけで別に待ち伏せしてたわけでは・・・」
「偶然・・・・・ねぇ?」
そんなに毎日毎日偶然が起こるかい!!と心の中で思わずツッコミを
入れた。
毎朝、好きな人を偶然に見せかけて待ち伏せ、登下校を共にするなんて
今時どこの”恋する乙女”だと思ってしまう。
なぜ、香穂子も気づかないのか、しかも月森に他に好きな子がいるとまで
考えついてしまうのか甚だ疑問だ。
(あんたたち、もうとっくに両思いなんだよ・・・・)
でも当事者である二人は互いを思いやるあまり、そのことに気づかない。
何とも恋に臆病で不器用な二人。
「話は戻るが・・君は原因を知っているのか?」
まだ少し、頬を赤らめた月森が気を取り直して訊ねなおす。
「原因ねぇ」
天羽は人差し指を顎にあて、考える振りをした。
チラリと月森に視線を向ければ真剣な顔で答えを待っている。
「たぶん、好きな人のことで悩んでるんだと思う」
「す、好きな人・・・・がいるのか?日野は・・・」
顔を上げれば、この世の終わりのような表情を浮かべた月森がいた。
(あら〜思った以上のダメージだわ)
言った言葉に少し後悔して慌ててフォローする。
「何か、最近他の女の子と一緒にいる機会が多いらしくてさ」
「自信が持てないみたい」
「他の女の子と・・・?」
思い当たる節を感じたのか、僅かに気持ちを浮上させた月森が天羽を
見つめる。
「その人もあの子が期待できるような行動をしてくれれば良いのにね」
「おっと、みんながジュース待ってるんだった」
「じゃあね!月森くん」
月森の横を通り抜け、香穂子たちが向かう場所へと歩き出す。
途中、振り返るとまだ月森はそこに佇んでいた。
俯き、握った拳にぐっと力を入れたかと思うと真っ直ぐ前を見据えて
歩いていく。
変わってくれればいいと思う。
何よりも大切な親友だからやっぱり幸せになってほしいから。
だから、私は動き出すきっかけを作ってあげよう。
後は、この二人で掴まなければいけないものだから・・・。
「遅かったね。菜美」
三人の待つ場所へ戻ると心配顔の香穂子が待っていた。
「ごめん、ちょっとね」
香穂子にジュースを渡してそっと微笑む。
「ねぇ、香穂」
「ん〜?」
「もうすぐ何かが変わるかもしれないね」
「なにそれ?」
訝しがる香穂子に天羽は何も言わなかった。
それはもうすぐわかることだから。
そして月森が香穂子にずっと一緒に帰りたいと申し出たのは
その日の放課後のこと。
月森が頬を赤らめて「別に待ってたわけじゃ・・」と言うのを見て、
恋する乙女のようだと思いました。
でも、いざ付き合い始めたら独占欲が強いうえに黒くて手が早そうだとも
思う(笑)