新生活
世の中にはきっと科学だけでは証明できないものがある。
今、目の前に見えているものだけが真実ではない。
以前の私は、そんなことを考えているような子だった。
でも、最近わかったことがある。
実際に信じられないものを目の当たりにした時、人はそれを
とても否定したくなるものだと。
「お前にこのヴァイオリンを授けよう」
そう言って羽のついたちっちゃいアイツは私に魔法のヴァイオリン
とやらを渡した。
誰にでも弾けるヴァイオリン。
いくらファータとの相性が大事と言っても誰にでも弾けるなら私じゃなくても
良いんじゃないの?
はっきり言ってクラシックなんて音楽の授業でしか触れたことがない。
こんなの荷が勝ちすぎる。
だいたい勝手に身体が動くなんてどういうこと?
気持ちが悪いし、こんなの持って帰ったらお母さんに何て言われるか
わかんないよ。
そんなことをグルグルと考えて、まともな練習もしないうちからヴァイオリン
を拒絶する自分がいた。
昼休みになって、報道部の天羽さんとやらがやってきて、なぜか一緒に
コンクール担当の先生に会いに行く事になった。
もうこの際だ。
不思議生命体に何を言っても無駄なら担当者に直に辞退を申し出る
しかないじゃない!
そう意気込んで音楽室に向かうと、教壇の近くでもめている人たちがいた。
「俺たちだって3年間この学院でヴァイオリンを学んできたんだ!」
「辞退してその権利を3年生に譲って欲しい」
人だかりの中心でやたらと熱く語っている人がいた。
その向かい側に立っている人が厭きれた様に小さく溜息をついた。
(あ!あの人・・・)
その人には見覚えがあった。
朝に校門で注意してきた人だ。
青い髪が印象的な、芯の強そうな瞳でまっすぐに前を見据えて歩く人。
擦れ違った瞬間になぜかとても視線を奪われた。
コンクール参加者だったんだ・・・。
その事実にトクンと胸が高鳴った。
「お断りします。選ばれたのは俺であって先輩ではありません」
彼はあの時と同じ、真っ直ぐに相手を見据えてはっきりと言い切った。
「だったら実力を見せてもらおうじゃないか!」
あまりにはっきりとした物言いが癇に障ったのか、3年生は少し意地悪
気な笑みを浮かべて周囲に同意を求めるように見渡した。
今まで黙って眺めていたギャラリーも「そうだ!」と騒ぎ始めた。
「だってよ?月森・・どうする?」
今まで黙って見ていた白衣を着た先生が面白そうに彼を見た。
その視線を受けて彼は憮然としたまま持っていたヴァイオリンを構えた。
「あ・・・・・」
鳴り響いた音に私の心は引き寄せられた。
澄んだ高音、弦を押さえる指使い。
素人の私ですら、彼の技術がかなり高度なものだと解った。
やがて彼が弾き終えると、音楽室はシンと静まり返った。
「これで納得していただけましたか?」
彼の言葉に我に返った3年生は怒りなのか嫉妬なのか、真赤な
顔をして何も言わずに音楽室を出て行った。
「まったく、面倒な騒ぎはやめてくれよ?」
先生はやる気がなさそうにポケットに手を入れて溜息をついた。
「ほら、月森。お前ももう良いだろ?」
「はい・・失礼します」
彼は軽く頭を下げるとヴァイオリンケースを手にそこから立ち去ろうとした。
彼と擦れ違う瞬間。
顔を上げた私とほんの一瞬だけ目が合った。
私の心臓が早鐘を打って体温が上昇する。
これはなに?
何で私こんなにドキドキして緊張してるの?
初めて本物のヴァイオリンの音の美しさを知ったから?
ううん、違う。
これはきっと・・・・・。
「お?おまえさんだな?普通科からの追加参加者は・・」
先生が私に気づいて目の前にやってきた。
私の頭の中は言いに来たはずの辞退という文字が消えていた。
あんな風にヴァイオリンが弾けるのなら・・。
彼に少しでも近づけるのなら・・・・。
クラシックのある生活も良いかもしれない。
最後にUPした話なのに始まりの話。
ゲームの出会い方を自分なりに脚色してみました。
でも、これは長編で書くべき話だと実感しました。