席替えの続編です。


                              定期試験



                  学内にある森の広場を歩いていた時の事。
                  ふと、風に飛ばされて一枚の紙が月森の足にやってきた。

                  (プリント?)

                  誰かの落し物だろうか?それともただのゴミか?
                  確認すべく、月森はその紙を拾い上げた。
                  そして中に書かれている内容を見て眉根を寄せた。

                  2年2組 日野香穂子 数学53点

                  あぁ、やっぱりと溜息をつく。
                  自分が恐れていた事態がここに。
                  数学の小テストとはいえ、お世辞にも良いとは言えない成績だ。
                  もうすぐ中間試験があるというのに小テストでこの成績はマズイだろう。
                  香穂子が取った成績をまるで自分がとったかのように月森は思い悩む。
                  それは仕方ない事なのだ。
                  香穂子の成績悪化の原因の一端は自分にもあるのだから。

                  俺が数学の時間前に口パクなんかしていくから。

                  そう、香穂子は体育に行く月森が残していく口パクの暗号を解くのに夢中で
                  数学の授業はそっちのけなのだ。

                  (それにしても・・・)
                   このテスト用紙の持ち主である香穂子はどうしたのだろう。
                   これが飛んできたからには近くにいるのだろうが。
                   香穂子を探して辺りをキョロキョロしてみる。
                   道行く生徒の中にそれらしい人物は見当たらない。
                   おかしいなと思っていると、背後の茂みがガサガサと音を立てて揺れた。
                   一体、何の獣が・・と思って振り返ったら、香穂子がそこからひょっこりと顔をだした。
                   そして月森と目が合うと顔を引きつらせる。

                  「ぎゃ〜」

                   香穂子が月森が手にしている物に気づいて猛スピードで走ってくる。
                   さすが毎日ファータ達を追いかけているだけのことはある。
                   その脚力は凄まじいものだ。

                   そういえば・・・。
                   この間、日野を勧誘しようとしていた陸上部の部長が追いつけなくて
                   哀愁を漂わせて戻る姿を見たんだった。
                   あの時はちょっとだけ部長に同情した。

                   香穂子は月森の目の前までやってくると急ブレーキをして小テストを奪い返した。

                  「見た?」
                  「あぁ・・」
                  「日野・・・」
                  「わかってるから何も言わないで!!」
                   香穂子はストップと月森の顔の前に手を突き出す。
                  「最近、コンクールの練習でロクに勉強してなかったんだもん」
                   テストを握り締め、クスンと鼻をすする。

                  「本当にそれだけか?」
                   授業態度に根本的な問題が・・・・。
                  
                  「やはり俺にも原因はあるのだろう」
                  「これからはもう暗号はやめようか」

                    月森の言葉に香穂子がえぇ〜っと声を上げる。
                  「授業がつまんないよぉ」
                  「それが更に成績を下げる事になぜ気づかない」
                  「でっでも、中間で成績が良ければ問題ないでしょ?」
                  「それはそうだが・・・」

                   香穂子が閃いたとばかりに手をパンと叩く。
                  「良いこと思いついた」
                  「良いこと?」
                  「うん!これなら試験勉強を頑張れる」
                   香穂子の言葉になぜか嫌な予感が過ぎる。

                  「私がテストで高得点とったら月森君がご褒美に私のお願い聞いてくれるのって
                  どう?」

                   どう?と聞かれても・・・・。

                  「なぜ君の成績が上がったら俺が褒美をやらなきゃならないんだ?」

                   片眉を上げて腕を組んでは見ても、内心その願いごとにドキドキしていた。
                   どんなものを要求されるのだろう。
                   もしかして・・・。
                   月森の頭の中には自分に向って目を閉じる香穂子の姿が浮かんだ。
                   そしてその肩に手を置いてゆっくりと顔を近づける自分。

                   うん、ご褒美をするのも悪くないかもしれない。

                  「ち、ちなみに君は俺に何をして欲しいんだ?」
                   ヨコシマな考えを悟られないように無表情を決め込んだものの肝心な
                 ところでどもってしまった。
                   香穂子はそれに気づかなかったようで「ん?」と首を傾げる。
                  「そんなに難しいことじゃないよ」
                  「でも、月森くんにしか出来ない事」
                  「俺にしか出来ない事?」
                  「うん!」
                   笑顔で頷く香穂子を見て、月森は思わず心臓を押さえた。

                   ヤバイ!本気でドキドキしてきた。
                  「あのね・・」
                  「ヴァイオリンで白鳥を弾いて欲しいの!!」

                  「・・・・・・・はっ?」

                   予想していなかった答えに思わず間の抜けた声が出た。
                   しかし香穂子はお構い無しに熱弁を続ける。
                  「前のセレクションで月森君が弾いてるのを見て、かっこいいなぁって思ってたんだ」
                  「曲もすごくきれいだし、白鳥って月森君のイメージにピッタリだよね」
                  「だからね・・私だけのために演奏してほしいなぁって・・・」
                   香穂子は最後に頬を赤らめて身体をもじもじさせた。

                   それとは対照的に月森はがっくりと肩を落とす。
                   彼女の言葉は嬉しい。
                   嬉しいのだが、期待が大きかった分のショックは更に大きい。

                  「あの・・・やっぱりダメ・・かなぁ?」
                   ショックを受ける月森を見て勘違いした香穂子が恐る恐る訊ねる。
                  「いや・・・」
                  「それくらいならお安い御用だ・・」
                  「ほんとう!?」
                  「嬉しい!テスト頑張るね!!」
                   香穂子は華の様な笑みを浮かべて走り去っていく。

                   残された月森は最初はそこから動けず、通り過ぎる生徒の視線を集めていた。
                   しかしある考えに達し、徐々に気合を取り戻す。

                   そうだ。彼女が俺の考えたご褒美を望まないなら望ませれば良いのだ。
                   山は高ければ高いほど登りがいがあるというもの。

                   試練は大きければ大きいほど燃える男 月森蓮。

                   只今、17歳の初恋に振り回され中である。



            
                

              
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                    数学苦手な私は勉強しないでこの成績なら上等だと思うのですが。
                    得意科目なら落ち込みますけどね。
                    月森の演奏曲の中でサパテアードや闘牛士の歌も好きなんですけど
                    白鳥が凄く似合うと思うのです。あのスチルにもね。
                    香穂子編も後日書きます。
                    しかし、だんだん日野ちゃんと月森が壊れていくよう。