ピンキーリング
その小さな箱を見つけたとき、蓮はタイムカプセルを掘り起こした
ような気分になった。
グレーの小さな小箱の蓋を開ければ、そこにはキラリと光を放つ石のついた
小さな指輪が入っていた。
その指輪を手に取った瞬間に、この指輪を母から貰った時の記憶が鮮明に
甦った。
「これはなに?」
母の綺麗な手から小さな蓮の手に載せられたのは綺麗な指輪だった。
「これはね、ピンキーリングよ」
「ピンキーリング?」
母の言葉を反芻しながら見上げると、美沙は穏やかな笑みを浮かべながら
頷いた。
「これはね、蓮の指輪なのよ」
「僕の?」
「そう・・蓮の産まれた病院はね、産まれた時にお祝いとして誕生石のついた指輪
をくれるの」
「蓮は4月生まれだからこの真ん中の石はダイヤモンドね」
「プレゼントだから大切に持っていてね?」
その言葉に母と指輪を交互に見ながら「ん〜、でも・・」と不満そうに呟いた。
「僕、男の子だよ?それにヴァイオリンを弾くのに邪魔だからこれは
お母さんにあげる」
何の躊躇いも無く指輪を差し出す蓮の手を指輪ごと両手で包むと、美沙は黙って
首を横に振った。
「確かに、今の蓮には必要がないかもしれないわね」
「でも、お母さんももらえないわ・・・」
「どうして?」
蓮が悲しそうな瞳で聞き返すと、美沙は自分の左手の薬指を見つめた。
蓮も母の視線の先を辿る。
そこには、やはりキラリと光る指輪があった。
「お母さんにはお父さんからもらった指輪があるから・・」
「だからね、こうしましょう」
「蓮が大きくなるまでこの指輪は大事にしまっておいて?」
「そして大人になったときに、この指輪をあげたい人が現れたらその小指に
はめてあげると良いわ」
「大事な人?」
「そう・・・家族以外でとても大好きな人が出来たら・・・」
「そしたらこの指輪をあげてね?」
そして美沙はこのグレーの小箱に指輪を入れて手渡してくれた。
そのままクローゼットの置く深くへと追いやられていたが、今までどんなに中を
いじっても見つからなかったというのに、今日なってどういうわけなのかその箱が
ころりと出てきた。
まるで自分の存在をアピールするかのように・・。
「指輪も自分を渡す時が来たと思ったのだろうか・・?」
そっと小箱の蓋を閉じて、ジャケットのポケットの中に入れた。
今日は香穂子と待ち合わせをしている。
手を繋いで歩いた時に、この指輪をあの白く細い小指にはめたらどんな
顔をするだろう。
その時のことを考えると自然と笑みが浮かんだ。
薬指でないことは残念だが、それはいつか必ず・・自分の力でと思う。
(だからこの指輪は、その日を実現させるまでの誓いの指輪だ・・)
ポケットに入れたその小箱を握り締めながら、蓮は部屋を後にした。
月森誕生日話第一弾って感じでしょうか・・?
出来れば誕生日までにもう1話くらい書ければ良いなと思うんですが。
4月生まれの月森の誕生石はダイヤ。
高校生にはちょっと重いかな?と思ったのですが、あとは水晶しかないので。
水晶って感じでも無かったので・・・。
指輪は同僚が出産した病院で本当にくれるそうです。