思い出のカケラ



               報道部に所属している生徒のほとんどは写真担当と記事担当がコンビを組んでいるらしい。
               だが、天羽だけはコンクール以後、部長の許可をとって一人で両方の仕事をしているのだと
              香穂子から聞いたことがあった。

               どうやら周囲も認めるだけあって、天羽の撮影技術は相当に上手いようだ。
               現に今、月森に預けられた写真の数々はプロが撮ったように美しかった。

               「文化祭の時に撮ったんだけど、香穂にあげる約束してたんだ」
               「放課後に渡しておいてよ」

                見れば文化祭の準備に追われるクラスの1コマ。
                騒がしさが想像できる写真の中で、香穂子は生き生きとした表情で写っていた。
                それは、そこにいなかった月森には見ることが出来なかったシーンだ。
                それを今、教えてくれるその数枚の紙に月森の視線は自然と釘付けになる。
                そんな月森を見て、天羽はニヤニヤとしながらからかうように言った。

               「自分のポケットに入れるのはちゃんと本人の許可をもらってからにしなよ」

               「なっ!?」
               「そんなことをするはずが無いだろう!!」

                天羽の言葉に驚いて慌てて否定したものの、顔が赤いので説得力は皆無だった。

               「へぇ〜、そう・・・」
               「じゃあ安心して任せるから、よろしくね」

                歩き出しつつも振り返ってにやけている天羽から目を逸らし、月森も自分の教室へと
               向かって歩き出す。
                もう一度写真を眺めると、カメラから視線を外し、何かを見つめる横顔ですらキリリとして
               いて美しいと思えた。

                写真とは面白いと思う。
                そこに確かにあったモノを、知らない誰かに正確に伝える事が出来る。
                そして、忘れ去られる事無く残す事が出来る。
                何となく、天羽が夢中になるのも頷ける気がした。

               「俺にも香穂子を綺麗に写すことは出来ないだろうか?」

                香穂子の写真は付き合い始めてからというもの、何枚も撮り続けている。
                二人で撮ったもの。
                天羽経由で手に入れたもの。

                だが、そのほとんどは今から写ると意識しながら撮影したものだ。
                それとは違う自然な香穂子の姿を写したかった。

                香穂子はどんどんと大人に近付くにつれて綺麗になっていく。
                そんな香穂子をいつも目の当たりにしている月森ですらハッと息を呑む瞬間がある。

                自然な空気が生み出す、本人さえ無自覚な一瞬の美。

                月森としては、それをぜひ自分の手で写真に残したかった。
                だが生まれてこの方、カメラなんてまともに持ったことが無い。
                不慣れな月森が天羽のようにほんの一瞬を見逃さずに撮影するのは不可能だろう。
                どうしたものか・・と考え込み、のろのろ歩行だった足はついに止まってしまった。

               「そうだ。何も難しいプロが使うようなのようなカメラでなくても良いじゃないか」
               「コンビニで売っているようなカメラなら手軽でいつでも持ち歩ける」

                ポンと手を打って良い考えだと頷いた瞬間、無常にも次の授業開始を告げるチャイムが
               廊下に鳴り響いた。


               「わぁ〜、さすが菜美。綺麗に撮れてる」

                放課後。
                待ち合わせて下校する際に月森は天羽から預かった写真を香穂子に手渡した。
                香穂子は歩きながらも楽しそうに写真を捲っている。
                写真に気をとられる香穂子が転んだりしないように気を使いながらも、月森は自分の
               鞄の中に忍び込ませてあるものを意識した。

                先ほど二人で寄ったコンビニで早速カメラを購入し、開封して鞄の中に入れたのだ。
                いつその瞬間が来ても良いように準備は万端だ。
                チラチラと香穂子の横顔を意識して見つめているが、香穂子は写真に夢中で気づいては
               いないようだ。
                
                その時、爽やかな秋風が二人の間を吹き抜けた。
                だいぶ暑さも和らいだとはいえ、まだ少しはジメッとした感じの日もある。
                今日もそんな天気でどこか蒸し暑かったので風が気持ち良かった。

               「わ!良い風・・・」
               「まだ暑い日もあるけどだいぶ秋らしくなったね」

                風に靡く髪を押さえ、香穂子は空を見上げた。
                夕焼けが香穂子を優しく朱に染める。

                月森はこの瞬間だと思った。
                慌ててカメラを出したものの、構える気にはならなかった。
                じっと香穂子を見つめていると、振り返った香穂子が月森が持っているカメラに気づいた。

               「蓮くん、どうしたの?そのカメラ・・」
               「やっぱり俺にはむかないようだ・・」

               「え・・?」

                軽く自嘲しながらカメラを再び鞄にしまう月森を見て不思議そうに首を傾げた。

               「君に夢中でシャッターが押せないんだ」

                月森のその言葉を聞いた瞬間。
                香穂子の顔は夕焼けよりも赤く染まった。


                 

                  最近書いた話の中ではまともな方かな〜と思ったりして。