定期試験の続きです。
お昼休み
私立 星奏学院 図書室。
そこは本好きな生徒や静寂を求める生徒たちの憩いの場である。
ここ数日は、定期試験が近いとあって勉強をするためにやってくることも多くなった。
そんな生徒達が訪れる昼休みの図書室において、やけに注目を浴びる生徒がいた。
普通科2年2組 日野 香穂子
彼女は読書用の大きな机を陣どり、ガリガリとノートに何かを書き込んでいる。
その勢いは凄まじく、殺気すら漂っていた。
図書室にやってきた他の生徒達は、そんな香穂子に興味を示すが怖くて近づく事が
出来ないでいた。
その証拠に、どんなに座る場所が無くても香穂子と同じ机に着くものはいない。
遠巻きに眺めながら、「なにあれ?」「さあ?」と囁きあうだけだ。
だが、そんな事態も”とある人物”がやってきたことで変化が見られた。
音楽科2年A組 月森 蓮
香穂子と同じ、学内コンクールの出場者の登場にみんな一様に注目する。
ただ、注目された当人である月森は、そんな状態である事をまったく知らなかった。
「・・・・?・・」
図書室に入った瞬間、月森は怪訝な表情になった。
自分が入った途端、そこにいた生徒全員が自分を見ている。
普段からその類稀なる容姿と音楽の才能で注目されてきた月森だが
今日ばかりはいつもと様子が違う。
「月森!月森!!」
同じ音楽科のクラスメートが月森に向かって小声で手招きしている。
「いったい・・何なんだ?」
周りの反応に訝しがりながらクラスメートに訊ねると、彼は「あれあれ」と
一方を指差す。
クラスメートが指差す方を見ると、一気に眉間に皺をよせた。
「彼女、いったいどうしたんだよ」
クラスメートの問いに月森は沈黙で返す。
(そんなの、俺が聞きたい・・・)
香穂子を取り巻くあの黒い雰囲気はなんなのだ?
昨日出会った時は定期試験で良い点数を取るのだと張り切っていたのに・・・。
(定期試験・・・?)
(まさか!?)
月森は早足で香穂子に近付いていく。
図書室にいた他の生徒達は固唾を呑んでその様子を見守った。
(月森頑張れ!!)
まるでラスボスに立ち向かう勇者を見守る村人の気分だ。
「日野!」
月森は香穂子の背後からその細い肩を掴んだ。
その瞬間、香穂子の身体がびくりと震えゆっくりと振り返る。
ギギギと機械音が聞こえてくるようだ。
最初、目がすわっていた香穂子だったが月森を認識した瞬間、
ぱぁとした表情になった。
周囲から「おぉ〜」というどよめきが起きる。
「月森くん!!」
「いったいどうしたんだ?」
「どうしたって?」
小首を傾げて逆に月森に向かってハテナマークを飛ばしている。
「いや・・その何か切羽詰まっているような様子だったから・・」
月森の言葉に「あぁ」と頷き、一冊の本を見せた。
「これをやってたの」
「数学の問題集?」
「うん、土浦君からのお薦めなんだけど、難しくて解けないの・・」
土浦の名前が香穂子の口から出ただけで思わず舌打ちしたい気持ちに
なるが、そこは育ちの良さでカバーしておくびにも出さない。
香穂子の手からその問題集を受け取ってパラパラと捲ってみる。
そして、その問題の難解さに目を瞠った。
とても数学の小テストで53点をとった香穂子に解ける問題ではない。
「君はなぜ土浦にこんな問題集を借りたんだ?」
「ん?」
「どんな複雑な問題も解けるようになりたいって言ったら貸してくれたんだ」
「今の君には複雑すぎるだろう」
月森は溜息をついて香穂子の隣の席に座る。
「まずは復習も兼ねて簡単な問題から始めよう」
「始めようって・・ダメだよ月森君!」
「賭けをしている相手に教えてもらうわけにはいかないんだから!!」
ストップと月森の身体を押すような素振りを見せて拒んだ。
「賭けと言ってもヴァイオリンを演奏するだけじゃないか」
「それくらいならいつでもやってやる」
それを聞いた香穂子は一瞬考え込んだ後、俯いて身体をもじもじとさせた。
「暗号・・・」
「え・・・?」
「これからもあの時間にこっち見てくれる?」
「あ・・・あぁ」
なぜか顔を赤くさせる月森。
「でも、君が授業に集中出来ないのは困る」
「大丈夫だよ、ちゃんと授業は聞くから!!」
つい図書館という事を忘れて大声になった。
今更だが、ハッとして周囲を見回した。
傍観していた生徒達はなぜかそよそよと見ていなかったフリや
咳払いして目を逸らしたりする。
「だから・・暗号の答えあわせは放課後に伸ばしてくれる?」
「なら、これから放課後は一緒に練習しないか?」
「君さえ良ければ、テスト期間中は一緒に勉強するし・・」
「本当!?」
「私は嬉しいけど、月森君は良いの?」
「俺は全然構わない!」
「本当の所、責任を感じてたんだ。数学の成績が悪いのは俺にも責任があるし・・」
「だから、気にしないでくれ。土浦には手を借りる必要はまったくないから!!
使わないこの問題集は早く返したほうがいい」
問題集をポンと香穂子に手渡す。
「そっか〜じゃあそうする」
香穂子はしげしげと問題集を眺めた。
「じゃあ、今日からよろしくお願いします。月森先生」
ぺこりとお辞儀する香穂子に月森はほんわかと笑みを浮かべた。
図書館にいた生徒達は初めて見るそんな月森に驚愕した。
(すっげぇ!魔王、いや違った日野!!)
(月森にあんな顔させるなんて天然魔性の女だ!!)
その後、星奏学院の生徒達の間で香穂子が魔性の女だという噂が長く囁かれた。
知らぬはいつも本人ばかりなり。
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