忘れさせて




                  星奏学院の休み時間や放課後に見られる一つの特徴。
                  学院のいたるところから色んな音が溢れている。

                  それはもちろん。
                  星奏学院には音楽科という特別な科が存在しているからだ。

                  (あっ、また・・・・・)

                  妖精像の傍を歩いていた足が止まる。
                  どうしてだろう・・・。
                  どんなにたくさんの音楽が流れてこようとも、彼の音だけはすぐにわかってしまう。

                  聴いている人間の心に、暖かさと切なさを響かせるヴァイオリンの音色。
                  それは、私の心に限って苦しさも生み出すのだ。

                  音楽科の練習室が並ぶ校舎についつい足が向う。

                  (練習室が1階で良かった・・・)

                  窓に手を掛けてそっと中を覗き込む。

                  学内コンクール以後、雰囲気が柔らかくなったと評判の彼の綺麗な横顔が見えた。

                  私が一番好きな彼の姿。
                  ヴァイオリンを愛する彼の姿。

                  思わずその姿に見惚れてしまう。 

                  今度出場するというコンクールの曲の練習だろうか?

                  その音はやっぱり、心が暖かくなるのに切なくて苦しい。

                  いつのことだったろう。
                  彼のヴァイオリンの音色が今みたいに変わったと気づいたのは。



                  不自然な所で音が止まり、我に返る。

                  どうしたのだろう、ともう一度室内を覗くと、
                 ピアノの前に座って楽譜を指差す一人の女の子が目に入った。
                 
                 (あの子、知ってる・・・・)

                  今回、月森君が出場するコンクールで伴奏をする人だ。
                  何でも音楽科の先生の、ぜひにという推薦で決まったのだと森さんが教えてくれた。

                  月森君は彼女の手元の楽譜を覗き込んだあと、軽く頷きながら微笑み返す。

                  その光景を見た瞬間、私の心はズキンと音を立てて痛み出した。

                  やめて!!
                  そんな風に他の人に笑いかけないで・・・・。

                  あなたが誰かを思ってヴァイオリンを奏でるたびに、誰かに微笑む度に・・・
                報われない私の恋心は悲鳴をあげる。

                  この恋は叶わないのだと思い知らされる。

                  私は堪らずそこから走り出した。
                  息が切れても止まらなかった。
                  擦れ違う人々が不思議そうに振り返るのがわかる。
                  それでも走るのをやめなかった。

                  ようやく自宅近くの児童公園までやってきて足を止めた。
                  ぜぃぜぃと肩で息をしながら身を屈める。
                  そうすると、堰を切ったように涙が溢れた。

                  流れ落ちる涙を拭うこともせずに空を見上げる。
                  日が落ちて、藍色に染まり始める空にはいくつかの星が見えた。

                  神様って本当にいるのでしょうか?

                  もしも本当にいるのなら・・。
                  この胸の奥にある彼との思い出を消してください。

                  どうか・・この恋を忘れさせて・・・


              


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