眠るヴァイオリン2
「すごい・・・」
香穂子は呆然と目の前に広がる光景を見た。
どこまでも続く赤い絨毯に大きなシャンデリア。
ぴかぴかに磨き上げられたアンティークな造りの階段はどこまでも子供の頃
夢見た王子様のお城のままである。
「本当にお城の舞踏会にきた気分だよ」
何気に腕を出した蓮と腕を組み、ヒールに気をとられながらも歩き出す。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。伯爵もその息子夫婦も気さくな人で俺の友人だから」
「そんなこと言ったって!!」
無理だもんと呟いて口を尖らせた。
どんなに気さくと言っても相手は伯爵なのだ。
しかも今夜の演奏会の主催者。
蓮の妻としてしっかりと挨拶しなければならない。
「レン!!」
階段上から声を掛けられ、二人は上を見上げた。
そこには美しい女性を伴った金髪の青年が二人を見下ろしてヒラヒラと手を振っていた。
「フィリップ!、ルイーゼ、久しぶりだな」
蓮が答えると、二人はゆっくりと階段を下りて来た。
「やっと来たな。待ってたんだぞ、君が噂の花嫁を連れてくるのを」
「噂?それはなんだ?」
フィリップの言葉に蓮がピクリとして聞き返した。
「留学中にどんな美人が言い寄ろうとも相手にしなかった君が結婚したという・・。、
当然、みんな興味があるから噂してたんだ。
どんな子かみんなで予想して賭けをしたりもしたな」
「勝手に人の結婚を賭けの対象にしないでくれないか」
月森は不愉快そうに眉を顰めたが、フィリップは悪びれた素振りはなかった。
どことなく険悪な雰囲気に流されそうになった時、フィリップの隣にいたルイーゼが
フィリップの袖を引張りながら窘める様な目を向け、そしてすまなさそうに月森と
香穂子を見つめた。
「ごめんなさいね。気分を悪くしたかしら?おおらかな所がこの人の長所だけど
どんかん過ぎる所が短所なのよね」
「ルイーゼ、君も苦労してるな」
「留学中からだもの。慣れちゃったわ」
そう言ってルイーゼは肩を竦ませた。
そして香穂子に目をやる。
「ようこそ我が家の演奏会へ。レンは演奏者の一人だけど、あなたはお客様の一人として
楽しんでいって頂ければ嬉しいわ」
美しい笑顔と握手を向けられて香穂子はその手を握り、照れたように微笑んだ。
勿論フランス語なんて話せない香穂子だが、学生時代に覚えたドイツ語でたどたどしく
挨拶をした。
事前に蓮から息子夫妻はドイツ語が堪能なことを聞いていたのだ。
「お招き頂き光栄です。カホコ・ツキモリです」
「私はルイーゼ。こちらは夫のフィリップよ。義父の伯爵は今、他のお客様の相手を
しているからご挨拶は後からさせて頂くわ。それから・・・・」
ルイーゼは自分の周囲をキョロキョロと見回した。
「おかしいわね。さっきまでいたのに・・どこに行ったのかしら?」
「ミシェルか。どうせどこかに隠れてまた悪戯でもしてるんだろ」
「もう、お客様がいらしてるのに・・ごめんなさいね。レン、カホコ。
息子を紹介したかったのだけど、かくれんぼに行ってしまったみたい」
「君達二人の愛息子か・・いくつになったんだ?」
「もうすぐ5歳よ。フィリップに似て、やんちゃで困っちゃうわ」
「でも幸せそうじゃないか」
「それは君のことだろう。レン」
そう言ってフィリップとルイーゼは香穂子を振り返った。
「カホコにはぜひ、日本でのレンの話を聞きたいな。もちろん君のことも」
「まだ少し演奏会まで時間があるわ。向こうに義父もいるし、みんなでお茶にしましょう」
二人に促され、蓮と香穂子は並んで歩き出した。
その時、香穂子の耳に微かに楽器の音色が届いた気がした。
立ち止まって辺りを振り返る。
だが、再びは聞こえなかった。
(気のせい・・?)
「香穂子、どうしたんだ?」
急に立ち止まってしまった香穂子を心配そうに蓮が待っていた。
「ううん。何でもない」
香穂子は慌てて追いつき、ロビーを後にした。
階段から見つめる純粋な瞳に気づかずに・・。
連載三回で終わらない・・・・かも(汗)
やっと香穂ちゃん登場です。新婚設定です。
フランス人の名前は長いので考えられないし省略(^_^;)