未来の予感


                     除夜の鐘の音を遠くに聞きながら、暗い夜道を月森と香穂子は
                    手を繋いで歩いていた。
                     あと数時間で日付が変わろうというのにたくさんの人が行き交うのは
                    今日が大晦日だからだろうか?
                     少しだけ立ち止まり天を仰ぐと、煌々と高い位置で輝く月の光と、白く浮かび
                    上がっては消えていく吐息に冬の寒さを感じずにはいられなかった。
                          
                    「寒くはないか・・・・?」

                     香穂子を見つめて問いかけ、繋いだ手に少しだけ力を入れれば、
                    「大丈夫だよ」と笑って香穂子の方からもぎゅっと手を握り返してきた。

                     世間から見ても立派に大人になった二人は、言葉がなくても互いの
                    気持ちを理解しあえるほどになっていた。
                     それでも互いを気遣う言葉を絶やさないのは、その声のトーンや言い回し
                    という、口から紡ぎ出される音で自分の思いが相手に届き安いことを二人は
                    理解しているからだ。
                          
                     だが、相手の言葉や仕種を見逃さないように無意識の内に互いを意識している
                    二人は、他の恋人達より見詰め合う回数が多いことには気づいていなかった。

                     行き交う人々の数も先程より増し、二人は目的地が近いことを改めて
                    実感した。
                     二人が目指していたのは近くにある小さな神社。
                     大きな神社は人手も多いだろうからとそこを選んだのだが、同じように
                    考える人は多かったらしく、その小さな神社もかなりの賑わいを見せていた。
                           
                     狭い境内なのではぐれることはなさそうだが、鳥居から社まで一直線に
                    列が出来ている。
                     月森と香穂子はその列の最後尾に並んだ。

                    「蓮・・ここのおみくじ当たるんだよ」
                    「お参りした後に引こうよ」

                     香穂子が指差したのは社から少し離れた場所に立っている小さな建物で、
                    窓の向こうで人の良さそうな壮年の男性が忙しそうに破魔矢やお札を売って
                    いるのが見えた。

                    「だが、かなり混雑しているんじゃないのか?」

                      何だか自分達が更に忙しくさせてしまうような気がして少しだけ気が引けた
                     が、香穂子はあっさりと「平気だよ」と答えた。

                     「ここのおみくじ自動販売機だから・・」

                      ほらっと指差したのは小さな赤い箱。
                      こういう所にあまり縁のない月森はその事を知らなかった。

                     (一年を占う運試しもジュースのようにお手軽かしているんだな・・)

                      何となく神聖さが薄れたような気がして肩を落とした。

                      並んでいる人は多かったものの、とりわけ見る場所があるわけでは
                     ない神社だったので事のほか順番が進み、思ったより早くに二人はお参り
                     することが出来た。
                      お賽銭を投げ入れ、手を二回ほど叩いて手を合わせる。
                      月森が少しだけ目を開けて隣の香穂子に目をやると、目を閉じて真剣
                     な面持ちで手を合わせていた。

                       それからお参りの列からそれると、再び手を繋いでおみくじを買うために
                     二人は歩き出す。

                     「毎年思うんだが、君はいつも熱心に頼みごとをしているな・・・」
                     「何を願っているんだ?」
                     「ん〜?」
                     「ナイショ」

                      香穂子は人差し指を口元に当てて上目づかいに月森を見つめる。

                     「願い事はね。口に出したら叶わないんだよ」
                     「それにね。ここで毎年お参りしてるけど、ちゃんと叶えてもらってるの」
                     「今年の願い事は大きいし、絶対叶えてもらいたいからナイショ」

                     「俺にも言えないのか?」
                     「うん、ごめんね」

                       月森は残念そうな表情を浮かべるが、香穂子は少し困ったように笑って
                       謝るだけだった。

                     (蓮に話したら催促してるみたいだからね・・・・)

                       香穂子が小声で呟いた願い事のヒントは周りの混雑のせいで月森の耳
                      には届かなかった。
                        それから例の自販機でおみくじを買うと、境内にある小さな樹木の傍で
                      開いてみることにした。
                        その木は何の木かはわからないが、たくさんのおみくじが結び付けられ
                       ている。

                        月森が紙を開くと、横から覗き込んでいた香穂子が声を上げた。
     
                      「わ!すごい蓮。大吉!!」

                        紙に書かれていることをざっと目を通すと大吉だけあってすべてにおいて
                       良いことが書かれていた。
                        そしてある一文に目を止める。

                        ”結婚   まとまるでしょう。”

                        何とも簡潔だが、妙に心が騒いだ。

                      「香穂子はどうだった?」

                         気を取り直して隣の香穂子に目を移せば、打って変わってがっくりと
                       肩を落としていた。

                       「どうしたんだ・・?」
                       「大凶・・・・・」

                        ぴらりと香穂子が差し出した紙には見紛うことなく大凶と書かれていた。

                       「私の願い事叶わないってこと〜?」

                        見た目は大人の女性らしいのに、いくつになっても占いに一喜一憂している
                       所は昔と変わらない香穂子の姿がおかしくて不謹慎と思いつつも月森は
                       噴出してしまった。

                        「あ!蓮てば今笑ったでしょ!?」
                        「酷い!!」

                         頬を膨らませてポカポカ殴ってくる香穂子に「いや・・」と否定しながらも
                       おかしさが込み上げてきた。
                         ぶぅ〜とそっぽをむく香穂子から大凶のおみくじを受け取り、そばにあった木
                       に結びつけると、代わりに自分のおみくじを香穂子に渡した。

                        「俺から運のお裾分けだ。お守り代わりに持っていてくれ」
                        「良いの・・・?」
                        「あぁ」
                        「何だか俺の願い事が叶うらしいからな」
                        「だから香穂子の願いことも叶うように・・・だ」

                         香穂子は月森からおみくじを受け取り、おずおずと尋ねた。

                        「蓮の願いごとにって何?」
                        「香穂子が話したら俺も話す」
                        「私のはナイショだもん」
                        「じゃあ俺も内緒だ」

                         二人はしっかりと手を繋いで神社を後にした。
                        もしもこの時、互いが願い事を打ち明けていたならば・・・・?

                         でもそうさせなかったのは神様の悪戯。


             
                       あんまり書いた事のない結婚前の月日でございます。
                       月森はもちろんプロになってますよ。
                       ふたつのプロポーズの前の話ですからね。
                       この話に06年のお礼と新年へのご挨拶を込めまして。