癖   後編



                 「でーきた!!」

                  私は編みあがったばかりのセーターを高々と掲げて見せた。
                  すると傍にいた二人からパチパチと軽い拍手が送られてきた。

                 「良かったじゃん!編み目は・・まあ少し乱れてる所もあるけど逆に手作り感があって
                良いと思うよ」

                 「頑張りましたね、先輩。月森先輩もきっと喜びますよ」

                  菜美と笙子ちゃんの言葉に私は満面の笑みで頷いた。

                 「うん!ありがとう」

                  明日のデートに間に合って良かった。
                  後はラッピングして渡すだけだ。

                 (蓮くん・・喜んでくれるかな〜)

                  少し驚いた後に笑って受け取ってくれる蓮くんの姿を思い浮かべて楽しくなった。
                  このセーターを着て、いつでも私を思い浮かべてくれたら良いのに。

                  私がいつでも蓮くんのこと考えてるみたいに・・・。

                  翌日。

                  待ち合わせの駅前に向かう足取りはいつもより足早だった。
                  手にしているのはバッグとラッピングされたセーターの入った紙袋。
                  早く渡したくてうずうずしてる。 

                  駅前に着いて行き交う人の向こうに蓮くんの姿を見つけた。

                 「蓮くん!」

                  私が呼びかけると、蓮くんも気づいて手を上げてくれた。
                  嬉しくなって走り寄ろうとした時、あることに気づいて足が止まった。

                  蓮くんが着ているセーター。
                  それが私が編んだセーターの色とまったく同じだったのだ。
                  私が急に立ち止まったから蓮くんの方が不思議そうに走り寄ってきた。

                 「香穂子?どうかしたのか?」

                  心配そうに顔を覗きこむけど、私は首を横に振るしか出来なかった。

                 「なんでもないよ・・・それより蓮くん」
                 「そのセーター初めて見るけど・・・」

                 「あぁ・・」

                 「うちの祖母が編んでくれたんだ。俺に合う毛糸があったからと」

                 「おばあさんが・・・?」

                  私はそのセーターを見つめた。
                  デザインはシンプルだけど、綺麗な編み目で手馴れているのがよく解った。
                  初心者なのにわざと複雑なデザインを編んだ私のものとは雲泥の差だ。

                  とてもこんなの渡せない。

                  荷物を持つ手にギュッと力が入った。

                  「それで?どうかしたのか?」

                   蓮くんの言葉にハッと我に返ると慌てて作り笑いを浮かべた。

                   「ううん。な、何でもないよ・・・」
                   「本当にそうか?」
                   「疑ってるの?」

                    わざと拗ねるように見つめ返すと、蓮くんは焦ったように首を振った。

                   「そうじゃない。そうじゃないが・・・君は・・」
                   「じゃあ良いじゃない!早く行こう。映画始まっちゃうよ?」

                    私は蓮くんの腕に自分の腕を絡めると映画館に向かって歩き出した。

                   (これで良かったんだよ)

                    もしも蓮くんがセーターのことを知ったらきっと気にしてしまうだろう。
                    蓮くんのおばあさんだって蓮くんを思って編んだんだし、私が我慢すれば
                   良いだけの事。

                    (家に帰ったら・・ほどいちゃおう・・)

                     私はそんなことを考えながら、もう一度荷物を握り締めた。



                         
                     「つ・き・もりく〜ん!!」

                      職員室に向かう途中、聞き覚えのある声に呼び止められて俺はイヤイヤ
                     ながら振り返った。
                      やはりというかなんというか・・そこにはにやにやとした笑みを浮かべた
                     天羽さんが立っていた。

                     「何か?」

                      俺に対する彼女の用事などどちらかと言えばくだらないものばかりなので
                     対応するこちらの態度もさらにそっけなくなる。
                       だが、彼女はそんなことにはへこたれない精神の持ち主だった。

                     「おうおう、冷たい態度だね」

                      傍にやってきて肘で突っつくように俺をからかう。

                      「昨日のデートどうだった?」
                      「昨日?別に・・・・」

                      「またまた〜。香穂からのプレゼントに愛しさ倍増だったんじゃない?」
                      「プレゼント?」

                       天羽さんの言葉に俺は首を傾げた。

                      「もう!まだ惚ける気?」
                      「私、香穂が月森くんに青いセーター編んでたの知ってるんだからね!!」
                      「青いセーター!?」

                       ようやく合点があったような気がした。
                       昨日、映画を見ている間も香穂子の様子がおかしかったのは
                      そのせいだったのか。

                       きっと香穂子のことだ。
                       祖母が編んでくれたセーターと同じ色なのを気にして隠してしまったのだろう。
                        

                       俺は天羽さんと別れると香穂子を探した。

                       きっと一生懸命に編んでくれただろうセーター。
                       俺が着ているのを見てどう思っただろう?

                       そう思うと一刻も早く探して抱きしめたかった。

                      「失礼します」

                       美術室の準備室から出てきた香穂子を見つけて駆け寄った。

                      「香穂子!」
                      「どうしたの?蓮くん・・」

                       キョトンとする香穂子に勢い良く訊ねた。

                      「セーターは?」
                      「俺にセーターを編んでくれていたのだろう?」
                
                      「ど、どうしてそれを・・・」

                       俺の問いに香穂子が焦りの色を浮かべた。

                      「昨日からおかしいと思ってたんだ・・・」
                      「君は隠し事があると必ずどもるから・・嘘がつけないんだ」
                      「そしたら今、君がセーターを編んでいた話を聞いて・・・」
                      「菜美の仕業だな!」

                       香穂子は少しむくれた後、小さく溜息をついた。

                      「あれなら昨日、家に帰ってから解いちゃったよ」
                      「ほどいた!?」
                      「蓮くんのおばあさんのに比べたら雲泥の差だし、同じ色のセーターは
                     何枚もいらないでしょ?」
                      「せっかく編んでくれたんだからおばあさんのを大事にしないと・・」

                       そういった香穂子は元気なく笑った。
                       それがとても無理しているようで居た堪れなくなった。

                       俺はそこが学校の廊下であることも忘れて香穂子を力いっぱい
                      抱きしめた。

                      「ちょ!蓮くん!!」

                       香穂子は周りを気にしてジタバタとしたが俺は放さなかった。

                      「君は・・人の気持ちを考えて思いやれるのが君の長所だと思う。でも・・」
                      「それを考えすぎるあまり自分の気持ちを押し込んでしまうのが悪い癖だ」

                       細い肩を掴んで香穂子を見つめると、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

                      「俺は君の恋人だろう?」
                      「俺にまでそんな遠慮はしないでくれ」
                      「君の思いはどんな形でも嬉しいから・・」

                      「ん・・・」

                       今度は香穂子の方から俺の腰に手を回して抱きついてきた。

                      「ねえ蓮くん・・・」
                      「あの毛糸で手袋を編むからもらってくれる?」

                      「もちろんだ・・・」
                      「手袋なら学校にも持ってこれるしな・・」

                       今年は彼女の思いが俺の手を優しく温めてくれるらしい。

                

                      随分と間があいてしまいましたが後編UP。
                      最初書こうと思っていたのとだいぶ変わった気がします。
                      やっぱり何度か書き直したし。
                      それでも入れたかった月森のセリフを入れられたので良かったです。