心に住む人



                        
                     放課後、一人で練習室にやってきた月森はヴァイオリンケースを
                    開けたところで身に覚えのない封筒が入っていることに気づいた。

                     香穂子と付き合いはじめて数ヶ月。

                     この事実は校内でも有名な話だが、いまだにこうして呼び出しや手紙での
                    告白が減らないのはなぜだろうかと思う。

                     いや、減るどころか最近は増えてきたようにさえ思う。

                     人を一途に思う気持ちを知ってからはその気持ちを有難くも思ったりもするが、
                    やはりたった一人を見つけた今は以前よりも迷惑に思ってしまうときもあった。

                     その理由はというと、呼び出されたことが香穂子の耳に入ると少しばかり
                    機嫌が悪くなるからだ。

                    「蓮くんの雰囲気が前よりもずっと柔らかくなって近付きやすくなったからだよ」

                     と頬を膨らませて面白くなさそうに彼女は言う。

                     そんな姿が可愛く、何よりヤキモチを妬いてくれるのが嬉しくてついつい
                    抱きしめて髪を撫でたりしてしまうのだが、香穂子はからかわれていると思って
                    しまうらしく、ムキになってジタバタとそこから逃れようとする。

                     何にせよ、愛する人に余計な心配は掛けたくない。

                     月森はその手紙を取り出した。

                     もうすぐ香穂子が日直の仕事を終えてここにやってくるはずだ。
                     その前にこの手紙を目の届かない所にしまわなければ・・・。

                     そう思って手紙を取り出したときにあることに気づいた。

                     そういえばこの手紙はいつの間に入れられたのだろう?
                     昼休みにここで練習した時には入っていなかった。
                     その後は授業もあるし、勝手に他人のヴァイオリンケースに近付く
                    など出来ないはずだ。

                     月森は何も書かれていない封筒を見てしばし考えた末、中の便箋を
                    取り出した。

                     丁寧に四つ折りにされた便箋を開くと、見慣れた可愛い文字が現れた。

                     

                       月森 蓮くん へ

                     この手紙ちゃんと読んでくれたかな?
                     まさかまた捨てたりしてないよね?

                     私たちが付き合い始めて3ヶ月経ちますが、そういえば
                    ラブレターとか書いた事がなかった事に気づいて書いてみました。

                     ちょっと照れるネ。

                     えぇっと・・・。

                     リリからあのヴァイオリンを受け取ってコンクール出場が決まってから、
                    同じヴァイオリン奏者の蓮くんをかなり追いかけていましたが、今思うと好きに
                    なったのはそれより前だったように思います。

                     音楽室で初めて蓮くんの演奏を聴いたとき・・ううん、きっと校門で擦れ違った
                    あの時から心の中でずっと気にしていたんだと思う。

                     それが蓮くんの本当の優しさに触れて深い恋心に変わるまで時間は
                    かからなかったよ。
                     私には魔法のヴァイオリンを使っているという負い目もあったし、蓮くんは
                    あまりにも大きな目標だったから叶う恋だとは思ってなかった。

                     見ていられれば幸せだと思ったけど、全然ダメなものなんだね。
                     近付けば近付くほど贅沢になっちゃうんだもん。

                     いつもどうしたらいいのか解らなくて悩んでたよ。

                     だからコンクールが終わって思いが通じ合ったとき、すごく嬉しかった。
                     幸せすぎて空が飛べるんじゃないかと思っちゃうくらいに浮かれたよ。

                     その幸せは今もずっと続いてる。

                     ねえ蓮くん。

                     大好きだよ。

                     たとえ傍にいられなくても、授業中でも家でも・・それこそ夢の中でも
                    ずっと蓮くんを思ってる。

                     こんな気持ちをくれて有難う。

                     今度は私が精一杯蓮くんを幸せにして見せるからね!





                     小さな便箋の二枚目を読み終えると、月森はその手紙にそっと口付けた。

                    (香穂子は何を言っているんだ・・)

                     恋心に悩んだのは自分も同じ。
                     自分は香穂子以上に幸せを感じているのだ。

                     
                    「さて、どうしようか・・」

                     月森はガラスがはめ込まれた練習室のドアを見つめた。

                     もうすぐ軽い足取りでこの手紙の差出人はやってくるだろう。

                     そうしたなら、まずはその身体を抱きしめていろいろな場所に
                    キスを贈ろうか・・・。


                

                     どうにかお題にこじつけてみました。
                     最初は短編で香穂子が月森にお手紙を書く話にしようかと
                     思ったのですが、ラブレターにしてみました。
                     後は癖の後編を書いたらこのお題も終了ですね。