キンモクセイ



                    ―― あの時、隣にいた人は今も隣にいる ――

                  
                   ある天気の良い休日。
                   香穂子と蓮は二人並んで良く見知った道を歩いていた。

                   空は高く青くすっかりと秋の装いだ。
                   それだけで妙に嬉しそうな香穂子の表情を見て、自然と蓮も自分の表情が
                  緩むのを感じた。

                   今日は蓮の実家である月森邸に香穂子の懐妊の報告に行くところだ。
                   お互いの両親には最初に電話報告済みだが、久しぶりに挨拶も兼ねて実家に
                  遊びに行こうということになったのだ。

                   それにこれからの事も話し合わなければならない。
                   演奏旅行などで長期間家を空けることの多い蓮は、子供が出来たら自分の実家に
                  同居することをかなり前から決めていた。

                   妊娠期は勿論のこと、小さな子供と女性一人を長い間家に残しておきたくなかったと
                  いうのが理由だ。
                   だからそのことについても蓮の両親と話し合う必要があった。
                   
                   幸いにも香穂子と蓮の両親は仲が良いので、世間で言う嫁姑争いの心配
                  はしていない。
                   むしろ早く帰ってこいと急かされているくらいだ。

                   これから少しずつ忙しくなっていく。
                   だがそれは、楽しみ故の忙しさなので香穂子も蓮も笑顔が絶えなかった。

                   とある一軒の家の前に差し掛かったとき、香穂子が歩みを止めた。
                   それに気づいた蓮も立ち止まり振り返る。

                  「香穂子?」
                  「蓮、この木覚えてる?留学前にも二人で並んで眺めてたことがあったよね?」

                   そこにあったのは大きな金木犀の木。
                   小さなオレンジ色の花をたくさん咲かせ、甘い芳香を放っていた。
                   蓮は香穂子の隣に並び、それを見上げた。
                   確かに。そんなこともあった気がする。

                  「あの時はまだこんなに大きな木じゃなかったけど、やっぱりたくさん花が咲いてて、風が
                 吹くたびに小さな花がライスシャワーみたいに降って来て綺麗だった。
                  蓮と一緒に見上げながら、大人になっても隣で見ているのは蓮が良いなって思ってたよ」

                   だが、それから程なくして蓮は留学し、香穂子は何年も一人でこの木に花が咲くの
                  見守り続けた。
                   約束はしていても確証の無い日々。
                   胸が締め付けられて苦しいこともあった。

                  「でも、願いは叶ったよ。今は隣に蓮がいてくれるもん」

                   笑顔で言いながらもうっすらと涙を浮かべる香穂子の細い肩を蓮はゆっくりと
                  抱き寄せた。

                  「これからは毎年、一緒にこの花を見れるから・・」
                  「うん・・そして来年はもう一人増えるね」

                   香穂子はゆっくりと優しく自分のお腹を撫でた。


                  ―― あの時、隣にいた人は今も隣にいる。
                       そしてまた次の秋が巡ってくる時には3人でこの花を見上げているだろう――


                
              
                 前回のお話の続きって感じでしょうか。