きみとぼくを結ぶ音(お迎え編)
「コホコホ」
めずらしく仕事が休みだったある日。
蓮は香穂子が家事をしながら咳をしていることに気がついた。
「香穂子、風邪をひいたのか?」
優しく肩を抱き寄せ、香穂子の額に自分の額を当てる。
「熱はないようだが・・・」
心配そうに香穂子を見ると、香穂子は少し照れたようにはにかんだ。
「大丈夫だよ」
「少し風邪気味なだけだから」
大した事ないよと香穂子は言うが蓮は心配でならなかった。
別にいつもこんなに心配性なわけではない。
これにはきちんとした理由があった。
「無理はしないでくれよ」
「君一人の身体じゃないんだ」
そう言って香穂子の目立ってきたお腹にそっと手を当てた。
「ん・・・・・」
香穂子も目を閉じて蓮の手の上に自分の手を重ねる。
そう、香穂子は今、第二子を妊娠中なのだ。
この事が判明した時、蓮は驚き、第一子で愛娘の愛音は大喜びで
飛び回った。
今度生まれてくるこの性別は、香穂子は医師から聞いているようだが
蓮や愛音は知らされていない。
生まれてくるまでのお楽しみなのだそうだ。
「いけない、愛音のお迎え行かなきゃ」
壁の時計を見上げて香穂子が慌ててエプロンを外す。
愛音は今年、近くの三年保育の幼稚園に入園した。
蓮も通っていた幼稚園だ。
「今日は俺が迎えに行く」
リビングを出て行こうとする香穂子を制して、そばにあった
上着を掴んだ。
「えぇ!?」
「君は風邪気味なんだ、家にいてくれ」
「愛音の迎えくらいなら俺でも出来るからな」
「だ、大丈夫?」
なぜか香穂子は異様に不安そうだ。
それに蓮は苦笑した。
「子供じゃないんだ、心配するようなことじゃないだろう?」
「そうだけど・・・・・」
「じゃあ、行って来る」
颯爽と出かけていく蓮を香穂子はさらに不安な面持ちで見送った。
「本当に大丈夫かな?」
香穂子の心配は別な所にあった。
幼稚園は自宅から割と近くにあるため、愛音は送迎バスを利用しないで
直接幼稚園まで送り迎えしている。
蓮の時は両親ともに多忙だったのでバスを利用していたが・・。
両親がいないときは祖父母やベビーシッターの人が見送ってくれた。
幼心にそれは寂しいことで、だからたまに母親が出迎えてくれたときは
とても嬉しかったのを覚えている。
自分の子供にはそんな想いをさせたくないと思う一方で、親になってみて
初めて両親の気持ちも理解できたような気もする。
置いて行く方も辛いのだ。
幼稚園に着き、アーチ型の門をくぐる。
この幼稚園はこの辺は庭も園舎も大きな方だ。
バスの送迎待ちの子供達は遊具で元気に遊び、やはりバスを
利用していない近所の子供達は母親に連れられ帰っていく。
愛音は年少クラスのもも組だ。
年少クラスは一番奥側にあった。
「ここも随分変わったな」
自分が通っていた時は園舎もここまで大きくなかった。
遊具ももっと少なかったような気がする。
もも組の方へ向かうと、迎えに来た母親達が数人で話し込んでいる。
それが教室の入口の所なので他の人間には少々迷惑だった。
「申し訳ないが通していただけないだろうか?」
蓮が声をかけると、話を頓挫された母親たちが不機嫌そうに一斉に
振り向く。
が、蓮を見た瞬間にみんなが黙って一斉に道を開けた。
「失礼」
その行動を不思議に思いながらも間を通っていく。
そして道を空けた母親達は再び輪になり、蓮を見てこそこそと話し始めた。
何となく不快に思いながらも、もも組のガラス戸を開けた。
中にいた子供達がの視線が一斉に蓮に向いた。
それに多少怯みながらも近くにいた先生らしき女性に声をかける。
「あの・・月森愛音の父親なんですが、迎えに来ました」
「あ・・愛音ちゃんのお父様!?」
先生が顔を真っ赤にして驚いている。
「あ!パパだ」
教室でお絵かきをしていた愛音が蓮に気づいて探すより早く走り寄ってきた。
「今日のおむかえはパパ?」
香穂子に似た赤みがかった髪を揺らして首を傾げる。
「ママは?」
「今日は家でお留守番だ」
「帰るぞ」
「は〜い」
棚から教室に向かって帽子と肩掛けバッグを持ってくると下駄箱で
靴に取り替えた。
「先生さようなら〜」
愛音は先生に向かってぶんぶんと大きく手を振る。
相変わらず顔を紅潮させた先生が恥ずかしそうに小さく手を振り返してくれた。
さっきの母親達は再び蓮たちがやってくると道を一斉に開けた。
それを見た愛音が驚いたように感心する。
「パパすごいねぇ〜」
「お友達のママがパパのことみんな見てたよ」
「パパがくるの珍しいからびっくりしたんだね」
蓮と手をつないでスキップをする愛音を優しく見下ろす。
「めずらしいのか?」
「うん、みんなママがお迎えに来てるよ」
「この間恭ちゃんのパパが来た時もみんなびっくりしてた」
「土浦が!?」
恭ちゃんというのは愛音と同じ幼稚園に通う土浦と笙子の息子だ。
それを聞いた蓮は「そうか」と頷いた。
あぁいう所は母親たちの交流の場なのかもしれない。
そこへ自分が足を踏み入れたものだからあんな視線を受けたのだろう
「男親には肩身が少し狭い場所だな」
真実とは全然違う答えを一人出し、納得して何度も頷いた。
翌日、いつも通り愛音を幼稚園に送りに来た香穂子は他の
お母さん集団に囲まれ、蓮との馴れ初めを根掘り葉掘り聞かれた。
子供の名前悩みました。
最初「アリア」か「カノン」にしようとして、「アリア」だと何か
苗字に合わないので「カノン」にしました。
漢字も「香音」「花音」と色々考えたんですが、しっくりこなくて。
香穂子の音、蓮の音、リリ・・愛の挨拶と考えてて浮かんだのが
愛音でした。ピカーと頭の中で電球が光りました(笑)
第二子の名前も考えてあります。
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