迦陵頻伽の子守唄



                        悪夢に魘されて目を覚ますなど珍しいことではなかった。
                        自分が信じる未来の為とはいえ、人を殺めているのだ。

                        心がその罪の重さに苛まれないわけがない・・・。 

                        今日もハッとして目を覚ませば、じっとりと汗をかいていた。
                        私はだるい身体をゆっくりと起こすと額に張り付いた前髪をかき上げた。

                        それでもここ最近は、以前よりもぐっと見る回数が増えてきたような
                       気がする。
                        おかげで時々寝不足ぎみで目が赤くなることもあった。

                        「ふー―――っ」

                        深い溜息が出る。

                        周りで眠る他の隊士達は今だ夢の中だ。
                        それがほんの少しだけ羨ましく思える。

                        フッと気がつけば、隣の布団が空になっていることに気がついた。
                        空はようやく白じんで来た頃だと言うのにどこに行ったのだろう?

                        私は周りを起こさないように彼女を探しに部屋を出た。

                        最初は風呂だろうかと思った。

                        本当は女子である神谷さんが風呂に入るにはみんなが就寝中の今が
                       絶対の好機だと思ったからだ。
                        だが、風呂場に声をかけて中を覗いても誰も見あたら無かった。

                       「おかしいな・・・」

                        他の思い当たる場所を探してみたがどこにもいない・・。

                        先程から時間がだいぶたったのだろう。
                        空は月が去り、太陽が姿を見せて朝を迎えた。

                        腕を組んで縁側に座っていると、どこからともなく歌声が聞こえてきた。

                        明るく楽しそうなその声に惹かれるように裏庭に行ってみる。

                        そこには洗濯物をパン!と広げながら鼻歌を口ずさむ神谷さんがいた。

                       「神谷さん・・・?」

                        私が声を掛けると、神谷さんはビクッと身体を震わせて振り向いた。

                       「わ!沖田先生びっくりした!!」
                       「こんなに朝早くからどうされたんですか?」

                        その言葉に私は苦笑した。
                       
                       「それは私が言いたいですよ」
                       「こんな早いうちに何をしてるんです?」

                        神谷さんはお日様みたいに笑ってまた洗濯物を広げた。

                       「見ての通りお洗濯です」
                       「今のうちにやっておけば他のことも出来ますし・・」

                       (まったくこの人は・・・)

                        いったいどれだけ働く気でいるのだろう・・?
                        どうしていつもそんなに楽しそうにしていられるのだろう?

                       「鼻歌なんて・・随分とご機嫌みたいですね?」
                       「今日は綺麗に晴れますよ。先生」

                       「私、青空に洗濯物がいっぱいはためいてるのって好きなんです」
                       「ちょっとした達成感があって嬉しいんですよ」

                        そう言って彼女は歌う。
                        その声はどこまでも澄んでいて心を落ち着かせる。

                       「まるで迦陵頻伽みたいですね・・」

                         私の呟き声に彼女は手を止めて再び振り向いた。

                       「迦陵頻伽って極楽浄土にいるという・・?」
                       「えぇ、その美しい声は何度聞いても飽きることはないそうですよ」

                       「それって私と似てますか・・///」
                       「毎日同じ事をしても飽きずに楽しそうってところが似てるでしょう?」

                         私の言葉に神谷さんは頬を膨らませってそっぽをむいた。
                         何かマズイこと言ったかな?

                         やっぱり上半身は菩薩なのに下半身は鳥の姿のものに例えたのが
                        悪かったのだろうか?

                         私は神谷さんの背後に近付いて呼びかける。

                        「ねえ?神谷さん・・」
                        「なんです!?」

                          怒って振り向いた神谷さんの頬を人差し指で突っついた。
                          神谷さんはますます怒ってボカボカと叩くけれど、私は楽しくて笑みが
                         零れた。

                         「ねえ神谷さん・・」
                         「知りません!」

                           今度は振り向きもしない。
                           ちょっとからかいすぎたかな。

                         「子守唄を歌って下さいよ」
                         「はい!?」

                            私の発言に神谷さんが目を丸くして勢い良く振り向いた。

                         「あなたの歌ならぐっすりと眠れそうです」

                            私はすぐ傍にあった大きな木の根元に座り目を閉じた。

                         「・・・・・・変な夢見ても知りませんよ・・」

                         「大丈夫ですよ・・」

                            迦陵頻伽の歌声ならどんな悪夢でも消え去ってしまうだろうから・・。

                            聞こえてきた神谷さんの綺麗な歌声。

                            それは、初めて聞いたはずなのに、どこか懐かしく暖かくて・・
                           そしてなぜか胸がせつなくなるような歌だった。