身体を寄せ合って      


                          

                       新居の家具の上に飾られた二人の思い出の写真達。
                       たくさんの写真たての一列目、中央に飾られているのは
                       結婚式に二人で撮った記念写真だ。
                       月森は白のアスコットタイにグレーのフロックコート姿。
                       香穂子は胸元にレースのバラをあしらったドレスにティアラ
                      とロングベール。
                       互いに身体を寄せ合って今までで一番幸せそうな笑みを
                      浮かべている。

                       香穂子はそれをしばらく眺めた後、ふふっと何か思い出したように
                      笑い、ソファーで譜読みをしていた月森の横に座ってその腕にしがみ
                     ついた。

                      「どうしたんだ?」

                       香穂子のはしゃぎっぷりに自然と月森の顔にも笑みが浮かぶ。

                      「ん〜?ちょっと高校生の時のこと思い出しちゃった」
                      「高校生の時のこと?」

                       月森は手に持っていた楽譜をテーブルに置き、香穂子の話しに
                      耳を傾ける。
                       香穂子は月森のこういう所がとても好きだ。
                       どんなに急いでいても、きちんと手を休めて香穂子の話を
                      聞こうとしてくれる。
                       

                      「ほら!高校生の時にイトコのお姉さんのウェディングドレスの試着に
                     着いて行って、おまけで私も着せてもらった事があったでしょ?」
                       
                       香穂子の言葉に月森は少し考えたのち、思い出したのか「あぁ」と
                      頷いた。

                      「そんなこともあったな」

                       月森も記念に撮った写真を見せてもらった事がある。
                       ドレスを着て嬉しそうな笑みを浮かべて映る彼女は、今とは違う
                      可愛らしさがあって、思わずその写真を制服の内ポケットに入れて
                      持ち帰ったのを思い出した。

                      「あの後さ、未婚で白いウェディングドレスを着たらお嫁にいけないって
                     いうジンクスがあるのを知ってショック受けたじゃない?」

                      「あぁ、確か君はしばらく落ち込んで無口になっていたな」

                       あの時はホトホト月森も困ったのを覚えている。
                       そんなジンクスを香穂子に吹き込んだ天羽をかなり恨んだものだ。
                       もっとも、天羽もまさか香穂子がこんなに気にするとは思っても
                      見なかったようでかなり責任を感じていたようだが。
                       
                      「みんながどんなにフォローしようが耳を貸さずに困ったものだ」
                      「そうそう、それでとうとう痺れを切らした蓮がみんなの前で
                     こう言ったんだよ」


                     『君は俺と結婚するのだからそんなジンクスを気にする必要はないだろう』


                      「あの時はびっくりしたけど嬉しかったな〜」
                       香穂子は頬に手をあて、うっとりと思い出しているが月森は恥ずかしさ
                      から顔を真赤にしている。

                      「あれは・・・若気の至りというやつで・・・・」

                       自分でした発言なのに顔から火が出そうだ。
                       若さとは恐ろしい。勿論、今でも十分若いのだが。
                       あの後、土浦と天羽は呆れたように無言で教室に返って行き、
                      柚木は意味有り気に微笑み、火原にはなぜか感心され、
                      冬海には羨望の眼差しを向けられ、志水は寝ていたのを覚えている。

                      「でも、それがどうかしたのか?」

                       なぜ、急にそんなことを思い出したのだろう?

                      「あの発言通りになって良かったと思ってさ」
                      「だって今、こんな風にしていられるのは蓮の奥さんになったから
                    だもんね?」
                       香穂子は改めてギュッと月森に抱きついた。
                       名ヴァイオリニストの仲間入りを果たした月森にこんな事が出来るのは
                      香穂子だけに許された特権なのだ。
                       これがもし、ジンクス通りになっていたら・・・・。
                       考えただけでも冷や汗がでる。

                      「俺は君との約束は絶対に破らないからな・・・・」
                       月森は香穂子の身体を抱き返し、その頬に口付けを落とした。