自主休講



                  セレクションが大詰めに向かうにつれ、季節はどんどん
                 夏に近付いていく。
                  春のさわやかな晴れ空とは違い、この頃はどうも湿気が多く
                 蒸し暑い気がする。
                  今はまだ大丈夫だが、あと一ヶ月ほどしたら外で昼食をとるのは
                 厳しいかもしれない。
                  月森は家から持参した弁当を食べ終え、片付けながらそんなことを考えた。
                  学院の中にある森の広場は同じように昼食をとろうとする生徒で賑わっていた。
                  何人かの女生徒が通りすがりに月森を見て何かを話している。
                  それを目の端に捉えてはいたが別に彼女らを気にするわけでなく、
                 自分は芝生のある木陰に腰を下ろして一人譜読みをきめこんだ。

                  木の葉が風に吹かれてさわさわと揺れる。
                  それがなんとも満腹になった身体には心地よいBGMとなって眠気を誘った。
                  一生懸命戦ってはみたが、次第に月森の目蓋は重くなっていく。
                  ついには開けているのが困難になり、いつのまにか意識すら手放していた。
                  
                  キーンコーンカーンコーン

                  校舎から聞こえてくるチャイムの音にビクリとなって目を開ける。
                  気がつけば、あれほど賑わっていた生徒の姿がどこにも見えない。
                  慌てて腕時計を見れば、さっきより数十分程の時間が経過していた。
                  どうやら今のチャイムは授業開始のものだったらしい。
                  ほんの数分間意識を手放しただけかと思っていたのに、どうやら本格的に眠りに
                 堕ちていたらしかった。
                  どうしようかと悩む。
                  勿論、いつもなら迷わず教室に戻る所だが今日はそんな気にもなれなかった。
                  少しの睡眠でまだ身体はダルイ。
                  ふむ・・・と考えた後、月森は勝手に自主休講することに決めた。
                  背を木に預ける格好から芝生にごろりと仰向けになる。
                  イヤでも目に入る空の青さ。
                  雲が風に流されていくのをぼんやりと眺めていた。
                  先ほどから聞こえる葉や木々のこすれあう音。
                  鳥のさえずり。
                  自然にも色んな音楽が溢れている。
                  当たり前の事なのに今まですっかりと頭から消えうせていた。
                  大人になると毎日の時間が早くなると、昔テレビで言っていた。
                  確かにその通りだと思う。
                  こんな当たり前な事に気づかないほど、自分は時間に追われている。

                 「もったいないことだ・・・」

                  大きな独り言はそよ風に溶けた。

                 「うわっ!びっくりした・・・」
                  香穂子は早鐘を打つ胸をぎゅっと手で押さえた。
                  フェッロを探す事に夢中になって気がつけば昼休みは終わっていた。
                  聞こえてくる音に吸い寄せられるようにここにやってきたら、月森が芝生の上
                 で昼寝をしていたのだ。
                  予想していなかっただけに驚きは大きい。
                  そっと足を忍ばせて月森に近付く。
                  たまたま通りがかったぶた猫がそんな香穂子を見て「にゃ〜」と鳴く。
                  どうやら猫から見ても十分怪しいらしい。
                  香穂子は猫に向かって「し〜っ」と言うと、眠る月森の横に静かに腰を下ろした。
                  そしてその寝顔を見つめる。
                  いつもどこか気を張っているような表情の月森も、さすがに寝顔はあどけない。
          
                 (かっ・・・可愛い〜////)
                  声に出す事は出来ないが興奮して身悶えする。

                  月森の前髪がそよ風に乗ってさらさらと靡く。
                  
                 (ほわ〜前髪さらさら〜)
                 (シャンプーなに使ってるんだろう?)

                  思わず触りたくなって手を伸ばすが、寸での所で留まった。
                  そんなことをしたらさすがに月森も起きてしまうだろう。
                  こんなことは滅多にないからもう少し見ていたい。

                 (しかし綺麗な顔だなぁ)
                 (睫毛なんか長くて・・・・)

                  絵本に出てくるお姫様みたいだと思い苦笑する。

                 (お話では王子様のキスでお姫様は目を覚ますんだよね)
                 (じゃあ・・お姫様のキスで王子様は・・?)
                  その考えが浮かんだ時ポッと体温が上昇した。
                 (やっやだ・・私ってばなに考えてんの?)
                  あたふたと焦っていると「うぅ・・ん」と月森が身じろいだ。
                  香穂子は驚いて身を硬くする。
                  だが、月森は再び規則正しい寝息を立て始めた。
                  ほっとしてもう一度寝顔を覗き込む。
  
                 (でも本当に王子様も・・キスされたら目を覚ますのかな?)
                  
                  そんなことをしてはダメだと頭ではわかっている。
                  自分達は恋人同士どころか友達というのも怪しい関係だ。
                  同級生とはいえ科は違うし、学内コンクールで知り合うまで互いの存在を知らなかった。

                  そう・・まだ知り合って間もないのだが・・

                  でも、香穂子はどうしても月森が好きで好きで・・・・。
                  少しでもいいから触れてみたくてしかたがないのだ。

                 (ごめん!月森君・・・)
                 (ほんのちょっとだけ!!)

                  地面に両手ををついてそっと顔を近づける。
                  互いの前髪が触れ合うほどに近付くと、香穂子は軽く唇を重ねた。
             

                  夢うつつの状態で微かに感じた柔らかい感触と鼻腔をくすぐる甘い香り。
                  それがとても心地よくて、離れがたくて・・・・。
                  今までそんなことを感じた事はなかったから、自分にそんな気持ちにさせたものが
                 なんなのか知りたかった。
                  確かめるためにゆっくりと目を開ける。
                  木漏れ日に目が眩みながらも次第に視界はクリアになっていく。
                  まだ頭はぼんやりとしていたが身を起こし、辺りを見回すと隣に思わぬ人物がいることに
                 気がついた。
                  「ひ・・・の・・?」
                   香穂子は自分の口を片手で覆い、顔を赤くしている。
                  「なぜここに?授業は?」
                   腕時計を見れば、まだ授業が終わる時間ではなかった。
                  「あの・・私・・」
                   香穂子はしどろもどろになりながら俯いている。
                  「大丈夫か?顔が赤いけど熱でも・・?」
                  「なっ・・なんでもないの!!」
                   月森が手を伸ばすと香穂子は勢いよく立ち上がって走り去っていく。
                   月森は伸ばした手を宙に浮かせたまま呆然とそれを見送った。
                  「なんなんだ・・?いったい・・」
                   猫が月森を一瞥して「ぶにゃ〜」と鳴いた。

                   お姫様のキスで王子様も目を覚ます。

                   その真実を目撃したのは学院に住む猫だけだった。

      
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              続きは裏のお題でUPしようかなっと思ってマス(今のところはね)