言えないよ

      屋上の重たい扉を開けて足を一歩踏み出すと、すぐ傍にあるベンチに月森が座っていることに気づいた。
      ぼんやりと空を見上げていて、香穂子が来たことにすら気づいた様子はない。

      珍しい光景にちょっとした悪戯心が芽生え、忍び足でそっと彼に近付く。
      驚かそうと構えたところで、月森が前髪をかき上げながら溜息をつき、思いつめた表情をしていたので
     思わず香穂子は動きを止めた。

     「月森くん・・悩み事?」

      自分が驚かそうとしていたことをすっかり忘れて声をかける。
      すると、やはりというか月森はぎょっとした表情で香穂子を振り返った。

     「日野、いつからそこに・・」
     「さっきだよ。ねえ悩み事なら相談に載るよ。私じゃあんまり役に立たないかもしれないけど、
     話せば少しは気持ちも軽くなるかもしれないじゃない」

      香穂子はストンと月森の横に腰を下ろし、綺麗な顔を覗きこんだ。
      月森の顔が幾分強張ったかのように見えた。

     「いや、大丈夫だ。君に手間をかけさせるようなことじゃない」

      そう言うと、月森は立ち上がって扉に向かって歩いて行ってしまった。
      その背中を見送りながら今度は香穂子が溜息をつく。

     「やっぱりダメか・・。何でも話し合える仲になれる日はまだまだ遠いな〜」

      一方月森は扉の裏側で頬を赤らめていた。

     「日野への思いに気づいてどうしたら良いか悩んでいたなんて・・・本人に相談出来る訳ないじゃないか」


      

                             08年12月18日UP