蛍火
ー 愛しくて愛しくて仕方がないのです。
あなたを思うと胸がしめつけられて・・
もしも明日、この身が滅びるとすれば
この気持ちはどこへいくのでしょう −
「今日は縁日でしたっけ?」
隣を歩く沖田先生が遠くの聞こえるお囃子に耳を澄ませて言いました。
私が総長の小姓になってからというもの以前ほど一緒にいる事も少なくなり、
たまにこうして一緒に並んで歩くと妙に緊張してしまいます。
「神社に行ってみましょうよ!」
沖田先生は私の手を掴むとグイグイと引張って行きました。
私はたったそれだけの事なのにとてもうれしくて、だけど胸が苦しくて、沖田先生には
何でもないことなのだと思うと悲しささえ込み上げてくるのです。
神社の鳥居をくぐるとたくさんの屋台や人々があって、狐の面を被った子供達が笑い声を上げて
走っていきます。
私はなぜか昔から夜祭というのが苦手でした。
行き交う人々やこの赤い鳥居、たくさんの提灯を見ると不思議な郷愁感に見舞われ、まるで一人だけ
そこに取り残されたような寂しさに襲われるのです。
そんな時思うのです。
もし、私がこのまま消えてしまったらみんなはどう思うだろうと。
悲しんでくれますか?ずっと忘れずにいてくれますか?
沖田先生はどう思うだろう?
愉しげに屋台を覗き込む沖田先生の横顔を見つめながら、私は試したくなりました。
「あ、沖田はん」
赤い浴衣を来た綺麗な娘さんが声をかけてきました。
「ああ、シノさんこんばんは」
二人は挨拶を交わすとそのまま立ち話を始めました。
自然、繋がれていた私たちの手は離れてしまいました。
(あの人知ってる・・・)
(原田先生たちが別嬪だと騒いでいた御茶屋で働いているっていうシノさんだ)
(沖田先生とも知り合いだったんだ・・)
愉しそうに笑いあう二人を見て胸がちくりと痛みました。
(私が消えたら・・・沖田先生は?)
私は何も言わず、人ごみに紛れてそっとその場を離れ身を隠しました。
(どうか見つけ出して・・・)
そんなわがままな期待を込めて。
「それじゃあ、またいらしてくださいね?」
「有難うございます」
手を振ってシノさんと別れると、さっきまで私の隣にいたはずの神谷さんが
いないことに気がつきました。
たくさんの人の群れの中でどんなに目を凝らしてみても、その姿を見つけ出す事は
出来ませんでした。
人々の波をかきわけようにも自分がその波に呑まれて思うように前へ進まず、気持ちだけが
焦っていきます。
(何で手を離してしまったのだろう)
今までは何でもなかった手を繋ぐという行為が最近は妙に照れくさくて勇気がいるように
なっていました。
繋いだ手から伝わってくる彼女の体温はとても暖かくて私の心まで温めてくれるようでした。
それが知り合いにあったことで照れくささが最高潮になり、思わず手を離してしまったのです。
立ち止まって辺りを見回すと、親子連れや恋仲の男女までいろんな人が眼に飛び込んできます。
(不思議ですね・・・)
世の中にはもっとたくさんの人がいていろんな生き方があるのに、その中で私と神谷さんは出会い
一緒に戦っているのです。
(こういうのも運命っていうんでしょうか?)
偶然としてしまえばそれで終わってしまうけど、誰かが偶然というものはありえなく、すべての事は
必然的に起こっていると言っていた事を思い出しました。
私と神谷さんが出会ったことも必然。
ならば、きっと見つけ出す事も出来るはず・・・
天を仰ぐと満天の星空。
(たくさんの星の中でもきっと見つけてみせる)
そう誓う私のすぐ上を小さな光がふよふよと飛んでいきました。
目で追うと光は人の波からはずれ、暗い林の方へと飛んでいきました。
何でそう思ったのかは自分でもわかりませんでした。
ただ心の中で確信していたのです。
(この光は神谷さんの所まで案内してくれてる・・)と・・・。
私は光を見失わないように走っていきました。
明かりがなく、真っ暗な林の中のどこを走っているのかわからなくなるようでした。
それでも諦めずにいるとやがて視界は開け、大きな池の前へと出ました。
「ここは・・?」
そこも神社の一角らしく、小さな鳥居がありました。
「神谷さん?」
池の前にある大きな石の上に人影があるのに気づき、私は彼の人の名を呼びました。
人影はゆっくりと振り向き、驚いたように私の名を言いました。
「沖田先生・・」
「見ぃつけた・・・」
「どうしてここが?」
「案内人がいたもので・・」
「案内人?」
「ええ・・」
私はすっと指で池の方を指しました。
「ほら・・・」
池の上を小さな光がさっきと同じようにふよふよと飛んでいました。
「あれは・・?」
「蛍ですよ」
「ここは水が綺麗で毎年たくさんの蛍が生まれるみたいですね」
「うわぁ!」
神谷さんが感嘆の声を上げました。
そこにはたくさんの蛍が明かりのように浮いていました。
「さっきの蛍も迷子だったんですね」
「逢いたい一心でここまできたんですよ」
(それはきっと私と同じ気持ちだったから、連れて来てくれたんですね)
私は再び神谷さんの手を握りました。
「お、沖田先生」
神谷さんは驚いたように私を見上げました。
「早く帰らないと山南さんが心配しますよ、土方さんの雷も落ちますしね」
私たちは戻るために再び暗い林の中に入りました。
「でも、やっぱり不思議です」
途中、神谷さんが不満気な顔をして言いました。
「どうして蛍を信じて来れたんですか?」
「ああ、だってわかりますよ」
(だって、貴女自身が暗闇の中で生まれた小さな光だから・・)
私はただその光を目指していただけ。
「それより、どうして離れたりしたんです?」
「心配したんですよ?」
神谷さんは気まずそうな表情をした後、赤くなって俯いてしまいました。
「・・・心配しました?」
「心配以上に不安になりました」
私の返答に神谷さんは嬉しそうな顔をすると手を繋いだまま走り出しました。
「わ!わわ神谷さん」
私は急に引張られて転びそうになるのを必死に堪えました。
「じゃあ!いいです!!」
とびきりの笑顔を向けられて、思わず見とれてしまいそうになりながらも私は叫びました。
「それじゃあ答えになってませんよ!反省しなさ〜い」
がしかし、門限をかなり過ぎて帰ったために土方の雷を受けた私たちは、別に反省することとなってしまいました。
後書き
弥生さまより、夜の沖セイで
ラブラブの可愛いお話というリクエストでしたが
可愛いはともかくちょこっとラブにはしたつもりです。
どうでしょう?(だめ?)
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