優しい雨  (拍手御礼)




                「やだ・・雨?」
                
                 走る電車の中で、向かい側に座る女性二人が窓にあたる雨粒に気がついた。

                 雨は意外と降りが強いらしく窓に激しく打ち付けていた。
                 今日の天気予報は晴れ。
                 ヴァイオリンに雨避けのカバーなんてもちろんのこと、自分の傘すら用意していなかった。
                 それはこの車内にいる人間のほとんどがそうらしく、表情がみんな困り顔だ。

                (そういえば・・・あの日もこんな風に雨が降っていたっけ・・)

                 高校3年生になったある日。
                 俺はずっと言えなかった事をついに口に出した。

                「留学しようと思う・・」

                 さっきまで明るい笑みを浮かべていた香穂子の顔が途端に曇った。

                「そう・・・」
                「それで・・・?どうしたいの・・・」
                 香穂子の問いかけに戸惑った。
                 もちろん待っていて欲しいに決まっている。
                 でも、ヴァイオリン一つで生きていくという俺の夢はとても不安定なもので・・。
                 そんな不実な将来に香穂子を巻き込むわけにはいかないという思いもあった。

                「別に・・・君の好きなようにしたらいい・・」

                 決して自分から別れの言葉は言えそうに無い。
                 だからと言って本音も言えない。
                 優柔不断で卑怯なマネとわかっていても、俺は選択の権利を香穂子に渡した。

                すると、香穂子が差していた赤い傘が宙に舞った。
                俺は驚いてその傘を目で追う。
                香穂子は雨にあたり、髪や制服を濡らしていく。

                「香穂・・・」
                「私は・・・・ったんじゃない・・」
                「私は!そんな言葉が聞きたかったんじゃない!!」

                 そう叫んで香穂子は俺の前から走り去った。
                 その時の俺には追う事も許されないような気がして一人、そこに立ち尽くした。
                 思い出となった今でも、その日降っていた雨と同じくらい冷たい記憶。

                駅に着くと、雨はだいぶ小降りになっていた。
                改札口を出てぼんやりと灰色の空を見上げると、足元に子供用の赤い傘が近寄ってきた。
                見下ろすと、小さな女の子がヨタツキながらも傘を上げ、俺を見上げる。
                傘とおそろいの赤い長靴に黄色いレインコート。
                そして片手には大人用の黒い傘。

               「ぱぱ、おかえりなさい」

                愛する人に良く似た笑みを浮かべ、月森に向ってその大人用の傘を差し出す。
                気がつけば、その様子を少し離れた場所からニコニコと見ている香穂子がいた。

               「ただいま・・・」

                今はどんなに冷たい雨が降っても大丈夫。
                暖めてくれる宝物がそばにいてくれるから・・・。
               

               

                   やっぱりハッピーエンドが一番です。
                   前のお礼を再UPしました。