初めての




                        この街にやってきたのは今日が初めての事だった。
                        街のどこに何があるかは軽く調べて来たものの、本当に
                       仕事でここに来た”目的”が見つかるかはわからないので、
                      とりあえず結構な賑わいの駅前通りをぶらつく事にした。

                       海に近いこの街は、街全体がどこかモダンな雰囲気を漂わせている。
                       
                       (へぇ・・好きだなこの感じ)

                       何だか楽しくなってきた私は、気になったお店のショーウィンドーを
                      覗き込んだりとすっかり”目的”を忘れていた。
                       浮かれ気分で街の中心に向かうと、ふっと妖精の像の前で足を止める。

                       (何で妖精?)

                       不思議に思って首を傾げる。
                       そういえば、他の場所でも妖精像とか見たかも。
                       街と何か関係があるのかしらと思っていたところへ
                       一人の男の子の姿が目に飛び込んできた。

                       すらりとした長身。
                       清廉で凛とした雰囲気。

                       青みがかった髪が印象的な綺麗な顔立ちの男の子だった。

                       (何となくピアニストの浜井美沙に似てる・・・・)

                       この間、仕事仲間が見せてくれた写真を思い出す。
                       その演奏の表現力から、普段はクラシックを聞かない人たちにも
                      ファンの多いピアニスト、浜井美沙。
                       どれだけ歳を重ねても美しさは変わらないという羨ましい人だ。
                       そういえば、この街の出身って言ってたっけ?
                       彼女の写真を撮った時の様子を興奮して話していた友人の姿が
                      頭の中に浮かんできた。

                       その男の子は先程から腕時計を気にしたり、携帯を見たりと
                      だいぶソワソワしていた。
                       近くにいる女の子達が自分を見て、色めき立っているのなんてまるで
                      気づいていない。
                       挙句の果てに前髪を掻きあげながら「やっぱり迎えに行けば良かった」
                      と独り言まで言い始めた。
                       どうやら待ち人来ずといった感じらしい。

                       彼の表情は時間が経てば経つほど険しくなっていく。
                       傍から見ている私は、そのあまりの様子に
                       「誰かは知らないが早く来てやってくれ」
                       と思うようになっていた。

                       それから10分ののち、一人の女の子がこちらに向かってダッシュしてくるのが
                      見えた。
                       彼もそれに気づいたらしく、顔色が一変する。
                       さっきまで不安そうになったり険しくなったりしていた表情が
                      ぱぁと明るくなり、この上なく甘い笑みを浮かべていた。

                       「ごめんね蓮くん、いっぱい待ったよね?」

                        ぜぃぜぃと息を切らして屈みながらも謝る彼女に彼は心配そうに
                       覗きこむ。
                       「大丈夫か?もしかして家から全力で走ってきたのか?」
                       「もちろん、早く逢いたかったしね」

                        満開の花のように笑う彼女の言葉に”蓮くん”と呼ばれた彼は
                       嬉しそうだけどどこか複雑そう。
                       「香穂子、やっぱりこれからは待ち合わせはやめよう・・・」
                       「俺が家まで迎えに行くから・・・」
                       「え〜、たまには新鮮で良いでしょ?」
                       「君は良いかもしれないが俺は心配でならない」
                       「今だって、遅れるのはわかっていたが焦った君が事故に遭いはしないか
                       ハラハラしてたんだ」

                        (なんだ・・・そうだったんだ・・・)

                         二人の会話を盗み聞きながら一人頷く。
                         だからあんなに青くなったりしてたんだ。
                         随分過保護な彼氏だなと思う同時に、とっても彼女を大事に
                        しているとも思う。

                         赤みがかった長い髪をした彼女は彼の腕にしがみ付き、
                        優しく微笑む。

                       「ごめんね、いっぱい心配させて・・・」
                       「でも、これだけは覚えておいて?」
                       「私は蓮くんが悲しむようなことは絶対にしないよ」
                       「それだけは絶対に約束する」
                       「香穂子・・・・・」
                       「俺も・・・俺も香穂子を悲しませないと約束する」

                        二人は互いに約束しあうと、そのまま手をつないで歩き始めた。
                        固く結ばれた手はまるで二人の決心を表しているかのようだった。

                        そんな二人を見た私にも一つの決心がついた。
                        仕事道具のカメラを出すと背後から二人に声をかけた。

                       「あの・・・」

                        私の声に反応して二人は同時に振り向いた。
                       「●▲社の雑誌の編集をしている者です」
                        私は彼の方に名刺を出した。
                        その隣から彼女も名刺を覗き込む。

                       「街で見かけた素敵なカップルの写真を撮らせていただいてるんです」
                       「お二人の写真をぜひ、撮らせてください」


                        二ヵ月後。
                        私は現像した写真とこの写真が載った雑誌をあの二人に送った。
                        最初、彼の方は渋っていたけれど、私に初めて任されたコーナー
                       の写真と知った彼女が説得してくれたのだ。
                        おかげで自分でも納得する写真が撮れたし、コーナーの評判も良かった。
                        だが、この時私は思いもよらなかった。

                        蓮くんと呼ばれた彼は実は浜井美沙の一人息子で(どうりで似てるはず!!)
                       そしてのちに世界中を魅了するヴァイオリニストになるということを。

                        私がこの事を知るのは、この写真を撮った数年後のことだ。

                     
                      コルダでは初めての第三者視点です。
                      月日にとって初めてではなく、第三者の初めての経験に月日が絡む話。
                      思いついたらスルスル書けました。  
                      いかがでしょうか?

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