はじまりの日に・・



                 「何で迷っちゃったんだろう?」

                 大晦日の夜。
                 新年はもう目の前だというのに香穂子は一人、自分の部屋の机の前で
                 頭を抱えていた。
                 香穂子の手の中には出しそびれた葉書が一枚。
                 ずっと握っていたせいか、紙が手のぬくもりさえも写しとっている。

                 宛名に書かれているのは月森蓮様と言う文字。

                 彼に少しでもきれいな字の印象を与えたくて、納得するまで
                 何度も書き直して決めたものだ。
                 そのためにいったい何枚葉書を無駄にしてしまったやら・・・。

                 もちろん、年賀状は月森以外にもたくさんの人に書いた。
                  
                 今年はリリに出会い、魔法のヴァイオリンを得て音楽を始めるという
                 大きな変革のあった年だった。
                 あまりの変わりように一時は息苦しさも感じたが、今では新しい出会い
                 と、かけがえのない大切なものを得られたことに感謝している。

                 リリには出せないけれど、支えてくれた人たちに御礼を伝えるのも含めて、
                 クラスメイトやコンクール参加者に年賀状を書いたのだが、いざポストに投函
                 しようとすると迷ってしまい、この葉書だけが別行動になってしまった。

                 きっと誰かに話したら他の男の子には普通に出せるのになぜ?と問われるだろう。
                 勿論、香穂子だってそこに何もなければ、相手が月森だろうとすんなりと出すことは
                 出来ただろう。
                 だが、心の中に「好き」だという特別な感情だけで物事はずっと複雑になる。

                 悩んだ末に月森に出すのを止めようかとも思ったが、もし、他のコンクール参加者には
                 出していることが知れたら、いくら物事に頓着しない月森だって良い気はしないだろう。
                 そうなることは絶対に避けたい。
                 じゃあどうすれば・・・。
                 そんなことを毎日うだうだと考えていたら、とうとう大晦日になってしまった。

                 「はあ〜」

                 大きな溜息が落ちる。
                 この分だと悩みを来年に持ちこしてしまいそうだ。

                 ふと、シンと静まり返った部屋に遠くの鐘の音が届いてることに気づいた。
                 それは耳を澄まさなければ気づかないほどだったが、確実に新しい年に向かっていること
                 を教えてくれている。
                 香穂子は頬杖をついて窓の外をぼんやりと眺めながらその音に聞き入った。
                 108つの音は煩悩の数を打ち消しているのだと言う。
                 だが今は何となく、香穂子の弱さを打ち崩してくれているような気がした。

                 香穂子は椅子からガタンと音を立てて立ち上がった。

                 「やっぱり、悩みながら新しい年を迎えるなんて私らしくないよね・・」

                 月森にだっていっぱいお世話になった。
                 これは紛れも無い事実。
                 気恥ずかしさは消えないけれど、やっぱり感謝は伝えたい。

                 ハンガーに掛かっていたコートを取り出し、急いで階段を駆け下りた。


                 「こんな時間にどこに行くの!?」

                 母親が物音に気づいて台所から顔を出した。
                 その手にはトレイに載せられたお屠蘇がある。
                 きっとコタツでテレビに見入っている父親のためのものだろう。

                 「ちょっと郵便局に行ってくる」
                 「郵便局ってこんな時間になんで・・・」

                 母親の質問が終わる前に家を飛び出した。
                 最後まで聞いていて返事を待っていても止められるのはわかっていたから・・。
                 今、ポストに投函しても勿論元日には届かない。
                 でも決めたからには少しでも早く届くように動きたい・・・。


                 (郵便局にあるポストに直接出しに行けば少しは違うよね?)

                 香穂子はそう信じて星が輝く夜空の下を走り出した。



                 途中、信号に足止めをくらい、横断歩道の前に立ち止まった。
                 走ってきたせいか息が弾み、吐息が白く空中を彷徨う。
                 それを視線で追っているとコツ・・という革靴の音と共に「日野・・?」という
                 声が背中に掛けられた。
                 驚いて勢い良く振り返る。

                 「どうしたんだ?こんな時間に・・・・」

                 そこにはかっちりとスーツを着こんで正装した月森が立っていた。

                 「月森くんこそ・・」
                 「俺は両親の知り合いのコンサートに行ってきたんだ」
                 「両親は話に花を咲かせていたから俺だけ先に失礼してきた。君は・・?」

                 「私はその・・・」

                 まさかこんなところで本人に会うとは思っても見なかったのでしどろもどろになった。
               
                 「ちょっと郵便局に・・・」
                 「郵便局?こんな時間にか?」

                 月森は不思議そうに首を傾げた。

                 (やっぱりおかしいよね?)

                 きっと月森の反応は正しい。

                 「あの実は・・・」
            
                 年賀状を出しに・・と正直に言おうとしたところで、ふいにパンパンと言う音が響き渡った。
                 そして寒空に大きな花が咲く。

                 「花火か・・・どうやら年が明けたようだな」
                 「あけましておめでとう・・日野」

                 突然のことに呆けながら月森を見上げると、あまり見られない穏やかな笑みが
                 浮かんでいた。
                 月森が自分だけに微笑んだくれたことと、一年のはじまりの瞬間に一緒にいられたという
                 現状にようやく気づき、香穂子は嬉しくなって何度も頷きながら答えた。

                 「あけましておめでとう月森くん!!」
                 「今年もよろしくね」
                 「家族以外でこんなに早く新年の挨拶をしたのは始めてかもしれないな」
                 「ホント・・?」

                 「あぁ・・・・初めてが君で良かった

                 再び空に新年を祝う花火が上がる。
                 香穂子は「うわぁ」という声上げてそれに見入った。
                 その横顔を見つめながら、月森は残念そうな表情をした。
                 最後に月森が何となくもらした本音はどうやら花火に消されてしまい、香穂子の耳には
                 届かなかったようだ。

                 (でも、まぁいい・・・)

                 いつか・・もっと深い本音を話さなければならない日がやってくるだろうから。


                   

                        急ぎで書いた期間限定フリー小説です。
                        普段、来てくださっている方々へのお年賀です。
                        久しぶりに書いたのでへなちょこですがもらってくださる方が
                        いらしたらどうぞ。
                        ちなみに香穂子の年賀状はこの後照れながら手渡ししました(笑)