夫婦喧嘩




                  とある日の夕方。
                  夕食の買い物に出た香穂子は、たまたま寄った本屋で、たまたま手に取った
                 音楽雑誌を見て驚いた。

                 「なに・・これ・・?」
                 「私、こんなの聞いてない・・」

                 そのページの見出しに大きく書かれていた文字。それは・・・

                 「人気ヴァイオリニスト、月森蓮と人気アイドルが夢の共演」

                 雑誌には、今人気の女性アイドルが蓮の大ファンで、新曲の間奏に入るヴァイオリン
                の演奏とプロモーションビデオの出演を依頼していたのだという。
                 一度は断った蓮だが、二人の共通の知り合いの仲介により演奏だけは承諾したと
                書かれていた。
                 香穂子は持っていた雑誌をくしゃりと両手で握りつぶした。
                 隣に立っていた男性が鬼気迫るその様子を見てぎょっとしている。

                (この共通の知り合いって誰よ!?)

                 雑誌に書かれているアイドルは男性に人気絶大で、スタイルもルックスも抜群
                なのだ。
                 そのアイドルと蓮が並んで立っているのを想像してみる。

                (い、いたたまれない・・・)

                 香穂子は今度はどんよりとした雰囲気を醸し出しながら本を購入し、店を後にした。
                 


                「ただいま」
                 蓮がマンションに帰ってくると、部屋の中は真っ暗でシンとしている。
                「香穂子?」
                 そのままリビングまで進むと、ソファーの上でクッションを抱いて丸くなっている
                香穂子がいた。
                「どうしたんだ?電気もつけないで」
                 蓮が電気をつけると一瞬、眩しさに目が眩んだ。
                「蓮くん・・」
                「ん・・?」
                「私に隠し事ない?」
                「隠し事?」
                 蓮は首を捻った。
                 遠方に演奏に出るときは前もって香穂子に伝えるし、高い買い物をする時も
                もちろん相談するようにしている。
                 香穂子に隠し事と言われるようなことに思い当たるものはなかった。

                「心当たりはないが・・?」
                「本当に・・?」
                「あぁ・・」
                「じゃあ、これなに・・?」
                 蓮の足元にくしゃくしゃになった一冊の雑誌が投げられた。
                 それを拾い上げ、中を見て溜息をついた。

                (これで怒っているのか・・・・)

                「たまたま言い忘れてただけじゃないか」
                「たまたまって・・本当はわざとじゃないの?」
                「わざととはどういう意味だ?」
                 低くなった蓮の声にビクリとしながらも香穂子は言い続けた。

                「美人だよね、その人。女の私から見ても・・・」
                「スタイルも良いし、男の人にすごい人気だもん」
                「蓮だって傍にいたらきっと・・」

                 (私って凄くイヤな女だ・・)
                
                 それは自分でもわかっている。
                 解っていても、心の中で黒く渦巻くこの感情を抑えることが出来ない。

                 「その人の本気で好きになっちゃうんじゃないの?」

                 突然、何かが床にぶつかりガシャンと音を立てた。
                 顔を上げると、蓮が怒った表情で香穂子を見ていて、その足元には
                花瓶が割れている。

                「君は俺を疑うのか?」
                「俺がそんなフラフラするような男だと?」
                「あ・・・・」
                 さすがに言い過ぎたと思ったのか、香穂子の表情がサッと青ざめた。

                「俺は随分と信用がないんだな」
                「れ、蓮・・・」
                 傍によって蓮の腕にしがみ付こうとする香穂子の手を振り払って背を向けた。
                「悪いが、しばらく一人にしてくれ・・」
                「今、一緒にいたら酷いことを言って君を傷つけそうだ・・」

                 背後から香穂子の嗚咽が聞こえる。
                 大人気ないことは解っている。
                 それでも、今回の事は可愛い嫉妬と許す事が出来なかった。
                 自分の香穂子に対する愛を疑われたのだ。

                (俺の感情はそんなに安くない)
                (香穂子も理解してくれていると思っていたのに・・)

                 しかし、いつまでもこの険悪なムードが続くのは蓮も辛い。
                 何より、香穂子を泣かせっぱなしなのはイヤなのだ。
                 背後をチラリと顧みる。
                 香穂子は両手で顔を覆って泣いている。
                 このまま、香穂子が先に折れてくれないだろうか?
                 蓮はじっと香穂子からの謝罪の言葉を待った。
                 結婚前のように後ろから抱き付いて誤ってくれるのを。

                 瞳から大粒の涙が零れ落ちるのも構わずに、香穂子は決心したように顔を上げ、
                蓮の背中を見た。

                「わかり・・ました・・」

                「し・・ばらく・・実家に帰らせて・・頂きま・・す・・」
                「え!?」
                「香穂子!!」
                 予想とは違う言葉に蓮は驚いて振り返る。
                 香穂子はすでに「うわーん」と泣き声を上げながら玄関を出ていた。

                「な・・なんでこんなことに・・」
                 ガクリと力が抜けてソファーに座り込む。
                 一度は断った依頼をもう一度持ってきた”ある人物”を蓮は恨んだ。

             
                  すいません、何か長くなりそうなので。
                
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