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             リサイタルが近付いた蓮は昨夜もその打ち合わせなどで遅く帰宅した為、
            今日は遅い目覚めとなった。
             まだ少しぼんやりとした頭でリビングに向かうと、香穂子が白いブラウスにデニムのスカート。
            その上に赤い小さな花柄のエプロンを身に付けてベランダで洗濯物を干すのに勤しんでいた。
             その眩しさと愛らしい姿に目を細めて見入ったあと、ソファーにゆっくりと腰を下ろした。

             ふと見ると、テーブルの上には2冊の雑誌が置いてある。

             それに、蓮は僅かに首を傾げた。

             別段珍しくも無い音楽雑誌。
             だが、その表紙を飾っているのは何を隠そう自分自身だ。
             最近は人気に比例して、こういった音楽雑誌のインタビューや表紙の依頼が多くなっていた。
             以前より香穂子は蓮が載った雑誌は買うようにしていたようだったから、これもきっと
            そうなのだろうが、気になったのはまったく同じ雑誌が2冊ある点だ。

             なぜ同じ雑誌を2冊買う必要が?

             蓮は洗濯物を干し終え、大きな籠を抱えてやってきた香穂子を呼び止めた。

            「香穂子?これはどうしたんだ?」

            「あ、それ?昨日発売になった雑誌。本屋さんで買っておいたんだ」
            「同じものを2冊もか?なぜそんな必要が・・?」

             蓮の問いに香穂子があっけらかんと答えた。

             「観賞用と保存用だよ」

             これに思わず、蓮は目を丸くした。

             そう言えば、先日雑誌の撮影を受けたカメラマンが言っていた気がする。
             最近は撮影ばかりで辟易している蓮を見て、すっかり顔なじみになったカメラマンが
            苦笑しながら教えてくれたのだ。

             「月森さんが表紙だったり、特集されていると雑誌が良く売れるんですよ。クラシックファンのみ
            ならず、それ以外の女性が買っていくことが多いそうです。
            しかも一人3冊が当たり前で、観賞用と保存用と布教用だそうです。
            今は音楽雑誌はどこも苦しいから、月森さんは救世主なんですよ」

             それを聞いてなんとも複雑な気持ちになったのを覚えている。
             買ってくれるのはありがたいが、そんなことをして何の得がある?
             しかし、発行部数は確かに上がっているようで、最近では若い女性向けファッション雑誌から
            の依頼もあったくらいだ。
             それはさすがに断ったが、そういえば今度のリサイタルの宣伝用ポスターも貼った傍から
            盗まれてしまうとホールスタッフが頭を悩ませていた。

             しかし、一番驚いたのは自分の妻である香穂子までもが多数購入していたことだ。
             本物の自分がここにいるのになぜそんなことをするのだろう?
             

             香穂子はそんな蓮の複雑な思いに気づかず、屈託のない笑顔で棚に並んだ何冊かの
            ファイルを指差す。

             「今までの記事も小さなものから大きなものまでちゃんとファイルしてあるからね!
            これも早く保存しなきゃ!!最近ではちょっとした趣味になっちゃったよ」

              香穂子は張り切ったように籠を持ち直し、仕事終えるために台所に向かっていく。

              ファイル保存は香穂子のちょっとしたお楽しみ。
               
              蓮は本物の自分がいるにも関わらずそれに夢中になる香穂子に困惑しながら
             自分の写る雑誌を眺めていた。