ちょっと憂鬱な月曜日


                     「香穂子!いい加減に起きなさい」

                     母親の少し怒ったような声が聞こえてきて、ようやく瞼を開ける。
                     重い身体を起こして時計の針の位置を確認すると、眠気はあっという間に
                    ふっとび、慌てて布団から抜け出した。

                     今日は月曜日。

                     一週間の始まりだ。
                     (昨日が休みだったのに、こんなにも朝がツライなのはもう習慣みたいなもの
                    なんじゃないかな?)
                     香穂子はカーテンを開けて日の光に目を細めながらそんなことを思った。
                     学校は楽しいけれど、なぜか行くまでがとても憂鬱だ。



                     「今日のあなたの運勢は最下位です」
                     「うっかりミスに気をつけて!」

                     顔を洗うために階下に下りると、途端に聞こえてきたテレビの星占い。
                     そっとリビングを覗くと、朝ごはんを終えた父親がソファーに座って
                    新聞を読んでいた。
   
                     「おぉ!香穂子。お前の星座、今日は最下位だったぞ」

                      いつも何気なく香穂子が気にしているのを知っている父は、今日も気にして顔を
                     見せたと思ったのか、結果をにこやかに教えてくれた。

                     「そうなんだ・・・・」

                      香穂子としては最下位ならむしろ知りたくは無かったと思うが、父は良かれと
                     思って教えてくれたので無碍にも出来ず微妙な笑みを浮かべて相槌を打った。

                      (何だか余計に憂鬱になっちゃったな・・・)

                      顔をタオルで丁寧に拭いながら目の前の鏡を覗き込む。
                      髪の毛先がピョンと反対にハネていることに気づいた。
                      その部分を濡らし、ドライヤーを当てながら丁寧に延ばすが上手く直らない。
                      悪戦苦闘していると、最早朝ごはんを食べる暇のない時間になってしまった。

                     「行って来まーす」

                      鞄とヴァイオリンケースを持って外に飛び出す。
                      走りながら腕時計を見ると、いつもよりも15分も遅くなっていた。

                     「あ〜、今日はもう会えないかな」

                      毎朝のお楽しみ。
                      科が違うことでなかなか月森と話をするタイミングをつかめない香穂子は、
                     学校近くの交差点で月森に会ったときに挨拶をするのを目標としていた。                                  
                      でも今日はそれすら危うい。

                      ようやく交差点が見えてきたところで、信号待ちをしている集団の中に陽に
                    きらきらと透けるような青い髪の後姿を見つけた。

                     「いた!」

                       香穂子は慌ててダッシュを掛けるが、信号はすでに青に変わり人の波は
                      動き出していた。
                       香穂子が交差点にたどり着いたときには当然のように信号は再び赤に変わって
                     いて、遠くからしか月森の姿を見ることは出来なかった。

                     (はあ〜、なんだか更に憂鬱)

                       一番のチャンスを無くして香穂子はしょんぼりと肩を落とした。


                     昼休み。
                     友達とお弁当を食べる為に机をくっつけていた香穂子は、あることに気づいて
                    鞄の中を慌てて漁った。

                     「やっぱりない!」

                     そこには、いつもあるはずのお弁当の感触が無かった。
                     それもそのはず・・。
                     香穂子は母親からお弁当を受け取った記憶がない。

                     「香穂ちゃん、お弁当忘れたの?」

                     友人である美緒が心配そうに覗きこむ。

                     「早く購買に行ったほうが良いよ」
                     「売り切れちゃうもんね」

                      美緒と直に促されお財布を掴んで立ち上がると、待ってくれているふたりに
                    「ごめん」と誤って購買へ向かった。

                     (今日は何だかこんなのばっかり)

                      深い溜息が零れる。

                      香穂子が購買に到着すると人の山はそれほどでもなかったが、肝心の
                     パンなども残されてはいなかった。

                      とりあえずジュースだけは買ったものの、これで午後を乗り切るのはきつい。

                     「どうしよう・・・」
                     
                     「日野?」

                      呆然と立ち尽くしていると、絶対聴き間違えるハズのない人物の声が
                     聞こえてきた。
                      勢い良く振り返ると朝には会えなかった月森が首を傾げて立っている。

                     「月森くん・・・」
                     「どうしたんだ?こんなところで」

                     「パンを買い損ねちゃって」

                      苦笑いを浮かべる香穂子を見て、月森が納得したように頷く。

                     「かなりの人だかりだからな。女生徒では無理もない」

                      どうやら月森は香穂子が力負けして買えなかったと思っているらしい。
                      本当はお弁当が無いことに気づくのが遅れたことが原因だし、人だかりにも
                     負けない自信はあるのだが、そのことは黙っていた方が良さそうだ。

                     (でも、嬉しい)

                      朝は会えなくてがっかりしたが、こんな風にゆっくり話せるのなら多少の不運も
                     仕方が無いとさえ思えてきた。

                     「あの・・月森く・・・・」

                      このまま放課後も約束出来ないかな?
                      そう思って声を掛けた所で、身体の異変に気づいて慌ててお腹を押さえた。
                      が、すでに遅し。

                      香穂子のお腹は空腹を訴えてきゅるきゅるとなった。

                      一瞬の沈黙。


                      先にその沈黙を破ったのは香穂子からだった。

                     「あの・・これは・・・」

                      大きく手を動かして誤魔化そうとしても上手い言葉が見つからず、
                     月森はそんな香穂子を唖然として見ていた。

                      香穂子はショックと恥ずかしさから顔が真赤になり泣きそうになる。

                      そんな時、ふっと朝の星占いの言葉が脳裏を過ぎる。

                     「うっかりミスに気をつけて!」
                     「落ち着いて周囲の状況を把握しましょう」

                     (最悪!星占い当たっちゃったよ)
                     (しかも月森くんの前でこんな失態するなんて!!)

                      浮かびそうになる涙を堪えてぎゅっと目を瞑る。
                      すると、月森は持っていた袋の中を漁り始め、中からパンを一つ取り出した。

                     「これ、さっき火原先輩からもらったんだが、君が食べてくれ」

                      香穂子の手を掴んでカツサンドをポンと置く。

                      香穂子は突然月森に手を握られて驚き顔を上げた。

                     「で、でも・・・・」
                     「俺は持ってきた弁当があるから・・・」
                     「それに今日の朝は君に会わなかったな」
                     「君のことだ。寝坊でもして朝ごはんも食べられなかったんじゃないのか?」

                      どこかで見ていたのだろうか?と思うほどその通りで香穂子は言葉が出てこない。

                     「女性は貧血を起こしやすいからな。しっかり食べた方が良い」

                      そう言って軽く笑うと、「じゃあ、俺はこれで・・」と音楽科の校舎に向かって
                     歩いていってしまった。

                      その場に立ち尽くす香穂子の掌にはカツサンドと月森の手のぬくもり。
                      

                      ちょっと災難な月曜日。
                      それでも何だかんだで得した気分になれたのは、やっぱり恋のせいだろうか?