文化祭




                  いつもは音楽に溢れた星奏学院も、今日に限っては違う賑わいを
                 見せていた。
                  秋晴れの澄んだ青空の下、星奏学院は文化祭の真っ最中である。
                  普段は気軽に入ることの出来ない外部の人間もここぞとばかりに
                 やってきては学院の中を見て歩いている。
                  みんながそれぞれ楽しんでいるそんな中、一人だけ腕を組み、眉間に
                 皺を寄せて月森は妖精像の前に佇んでいた。

                  (アレはいったいなんなんだ・・・・)

                   チラりと背後を振り返る。
                   樹木越しに月森を見つめるパンダがいた。
                   じっと見返すと、恥ずかしそうな仕草をして隠れてしまう。
                   さっきからあの調子なのだ。

                   (ほんとにさっきから何なんだ・・・あのパンダは!?)

                   いくら文化祭でお祭りムードであったとしても、パンダの着ぐるみに尾行
                  されるいわれはない。
                   そもそも、なぜパンダに尾行されることになったかというと30分前に遡る。

                   普段人ごみを嫌う月森は、いつもと違い人で溢れかえった学院に少々
                  戸惑っていた。
                   そこへ擦れ違った他校の制服を着た女子高生に何の前振りもなく携帯の
                  カメラで何度も写真を撮られ、機嫌がすこぶる悪くなっていた所へいきなりあの
                 パンダの着ぐるみが現れ、彼女達を見事に追い払ってくれたのだ。
                  最初は誰とも知らないそんな彼(彼女?)に感謝したものの、それ以来ずっと
                 月森を尾行してくるのだ。
                  不気味な事この上ない。
                  
                  「はあ〜」と深い溜息をついた。
                  中身が誰なのか心当たりがあるわけがなく、(とりあえず音楽科内には着ぐるみ
                 を着る趣味のある知り合いはいない)向こうが話しかけてくる気配もない。
                  何度振り返ってもさっきからあの調子でずっと付いてくる。
                  いくら月森でもイライラが積もるというものだ。
                  月森は思い切ってパンダに向かって歩み寄り、逃げようとするのを
                 捕まえて怒鳴った。

                  「いったいどこまで着いてくる気だ!?」
                  「先程の事は感謝するが、付いて廻られるのは迷惑だ!!」
                  「いい加減にしてくれ!!」

                  この言葉にパンダは飛び跳ねるようにして驚き、ショックを受けたようによろめき
                 だした。
                  そして月森に背を向けると、トボトボと項垂れていずこかに歩いていった。

                 「少し言い過ぎたろうか?」

                  哀愁漂うその背中を見送りながら月森はほんの少し後悔したが、別にこちらに
                 非があるわけではない。
                  月森にだってやらなければならない事はある。
                  いつまでもあのパンダに構ってはいられないのだ。
                  そう・・・月森のやらねばならないこと。それは・・・。

                 「一刻も早く日野を見つけなくては・・・・・」

                 (他の誰かに先に誘われてしまう!)
               
                  気持ちは自然と焦り始める。
                  もう正午は過ぎているのだ。
                  一緒に見て歩くにしても早くしなければならない。
                  急いで普通科の校舎に向かおうとした矢先、またしても背後から呼び止める
                 声があった。

                 「つっきもりくーん!!」
                 「火原先輩と柚木先輩?」

                  不機嫌そうに振り返れば、火原が大きく腕を振りながら走ってくる。

                 「あのさ、パンダの着ぐるみ見なかった?」
                 「パンダ?それなら・・・・」
                 「日野ちゃんがクラスの宣伝で着て歩いてるんだって」

                 「・・・・・・・・え?」

                 「日野さんのクラスの出しものがコスプレ喫茶だって聞いてね」
                 「二人で行ってみたんだけど会えなくてね・・・」

                  柚木がいつもの笑顔を浮かべながら隣の火原を見る。

                 「どんな格好してるのかな〜っと思ってたらさ、クラスの子にパンダの
                着ぐるみ着て宣伝に歩いてるって言われて探しにきたんだ」

                 「俺的にはゴスロリ希望なんだけどね」と笑う火原の言葉はすでに月森の耳には
                届いていなかった。

                 (じゃあ、さっき俺が怒ってしまったのは・・・日野?)

                  ショックを受けてトボトボと立ち去っていく姿が思い出されてサーっと一気に
                血の気がひいていく。

                「それで月森くん、パンダに心当たりは・・・・」
                「ありません!」

                 それだけ柚木に告げると月森は香穂子が歩いて行った方向に走り出した。

                「あんなに焦ってどうしたんだろ?月森くん」
                「さあ?」

                 取り残された二人は始めてみる月森の様子に首を傾げた。



                 とりあえず心当たりを片っ端から探していこうと普通科のエントランスに向かう。
                 普段から人の多い場所だが、今日は更に人口密度が増していた。
                 思ったように前に進めず人の群れを掻き分ける様にしていると、ドンと身体に
                衝撃が走った。

                 「すいません・・・あ・・月森先輩・・」

                  どうやら志水と擦れ違い様にぶつかってしまったらしい。
                  志水は黄色い風船をその手に持ちながらぺこりと頭を下げた。

                 「志水くん・・・すまない。俺も急いでいたから」
                 「はぁ、月森先輩がそんなに焦るなんて珍しいですね」

                  月森が焦っているのは感じ取っているらしいが、相変わらず自分のペースを
                 崩さず彼は話し続ける。
                  ある意味とても羨ましく、そして将来は大物になりそうだ。

                 「そうだ、志水くん。パンダの着ぐるみを見なかったか?」
                 「見ました・・・」
                 「どこで!?」

                  月森は思わずガシっと志水の両肩を掴んだ。

                 「さっき森の広場で。この風船をもらいました」

                  二人はふよふよと宙に浮く風船を見上げる。
             
                 「パンダがいたので傍に寄って行ったら頭を撫でてくれて・・・」
                 「そしてこの風船をくれたんです」

                  確かに志水の癖のかかった髪はくしゃくしゃに乱れていた。
                  相当激しく撫で回されたらしい。

                  月森の頭の中でパンダに頭を撫でられる志水の姿が、なぜか
                 香穂子に頭を撫でられているように変換され少し腹が立った。

                 「とりあえず、森の広場にいるんだな?」
                 「ありがとう・・・早速行ってみる」

                 「あ・・・でも・・」

                  志水が何か言いかけているのも気づかず、月森は森の広場に向かって
                 走り出した。

                 「もう、森の広場にはいないんだけどな・・」
                 「でも、月森先輩。どうしてパンダを探してるんだろう?」
                 「先輩も風船欲しかったのかな?」

                  志水はもう一度ふよふよと力なく宙に浮く風船を楽しそうに見つめた。


                  月森が息を切らして森の広場に辿りつくと、そこには子供達にクラリネット
                 を披露している冬海がいた。
                  冬海が演奏し終えると、じっと耳を傾けていた子供達がわぁっと拍手を送る
                  冬海も少し照れたように笑ってそれに答えていた。
                  月森はその拍手が止むのを待って冬海に近付いた。

                「冬海さん・・・・」
                「つ、月森先輩・・・・」

                  月森に気づくと冬海は急にオドオドし始めた。

                「すまないがパンダの着ぐるみを見なかっただろうか?」
                「え・・?パンダちゃんですか?」

                  月森から意外な言葉が飛び出したので冬海は少々困惑した様子だった。

                「パンダちゃんなら、さっき私が他の学校の男の人たちに誘われて
               困っていたら助けてくれたんです」
                「すごい勢いで看板を振り回して追い払ってくれて・・・風船をくれました」

                  冬海が僅かに視線を下げたのでそれを辿れば、クラリネットのケースに
                 志水と同じ風船の紐が結ばれている。

                「それでパンダは?」
                「観戦スペースの方に行きましたけど・・・」

                「今度は観戦スペースか・・・」
                「有難う、冬海さん」

                 走り去る月森を見送りながら、冬海は首を傾げた。
             
                「どうしたんだろう?月森先輩」
                「それにしても・・あのパンダちゃんすごかったな」

                 大柄の男子高生を追い払った時の光景を思い出し、冬海は一人感嘆の
                溜息をついた。

                 観戦スペースにやってきた月森はかなり汗だくとなっていた。
                 体育の時間だってここまで本気で走ったことはない。

                 両膝に手をついて呼吸を整えながらも視線はパンダに扮した香穂子を探す。

                 今日はサッカー部が交歓試合をしているので応援に来ている生徒も多い。
                 だが、いくらなんでもパンダが紛れていればウ●ーリーを見つけるよりも
                容易いだろう。 

                 (いた!)

                  広い観戦スペースの片隅で柱に寄りかかりながらいじけているパンダを
                見つけた。
                  月森は慌ててそこへ駆け寄る。

                 「パンダ・・じゃなかった日野!!」

                   パンダに扮した香穂子はビクリと反応したが月森を見ようとはしない。
                   相変わらず小石を蹴る素振りをするだけだ。

                 「その・・すまなかった・・・」
                 「君がまさかそんな格好をしているとは思わなかったから・・・・怒って悪かった」

                 「良かったらこれから一緒に見て歩かないか?」

                 「俺はずっと君を誘いたかったんだ」

                   その言葉に香穂子はゆっくりと振り向き、タックルするように月森に
                  抱きついた。
                   月森はそっとパンダの頭を撫でる。

                
                 「月森の奴何やってんだ?」

                    競技場ではサッカーの試合中だというのにパンダと抱き合う月森を見つけ、
                  試合に集中出来ずにいる土浦がいた。


                  
                  
                   この学校のお題の月森と日野ちゃんはギャグ担当というか・・
                   いつの間にやらアホになっちゃいましたね。