部活
午前の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴り響いた頃。
月森は弁当を持って廊下に出たところで、遠くから段々と近付いてくる
足音に気づいて足を止めた。
パタパタなんて可愛いものじゃない。
良く小説や漫画に見られるズドドドドというものだった。
音楽科の他の生徒達も不思議そうに立ち止まってはやってくる何かの方を
見ている。
そして姿を現した人物を見るなり、月森はげんなりとした。
とりあえず、気がつかなかったことにしようと逆方向に踵を返す。
だが、相手はちょっとの事で怯む相手ではなかった。
「月森くん!!」
相手はまんまと月森のブレザーを掴むと勢い良く詰め寄る。
月森は深い溜息をついて振り向いた。
この人物に知り合ってから碌な目にあっていない。
それでも無碍に出来ないのは彼女が大切な人の友人だからだ。
「天羽さん、小学生の時に廊下は・・・」
「香穂が次の生徒会選挙に出るって本当!?」
「走って・・・え?」
天羽の言葉に驚いて月森は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「普通科ですっごい噂になってるの!」
「2組から選出された候補者が香穂になったってさ!!」
「今、香穂がいなかったから確かめられなくて・・だから月森くんに
聞きにきたんだけど、そこんとこどうなの?」
まるで喧嘩を売られているように襟を掴まれる月森だったが
あまりの驚きにうろたえるしかなかった。
「そんなことは・・・」
まったくもって聞いていない。
月森は制服を掴んでいる天羽の手を引き離すと、香穂子と待ち合わせをしている
森の広場へと全速力で走っていった。
「ちょ!・・月森くん!!」
「もう何よ。自分だって廊下走ってるじゃない!」
取り残された天羽はポリポリと頭を掻くと「仕方ないか・・」と普通科の校舎へと
戻っていった。
「後で何があったか聞きだせばすむもんね」
昼休みの森の広場では昼食を摂ろうとする生徒と練習をしにやってきた生徒で
音楽科、普通科問わず賑わっていた。
その中を走り抜けていくのはそれでなくても目立つのだが、それが月森であった
ために余計に目立つ。
だが、そんなことに構って入られない。
月森は香穂子と約束した場所に辿りつくと、香穂子はのんきに日向ぼっこをしなが
ら月森がやってくるのを待っていた。
「か、香穂・・子・・?」
息も絶え絶えに声をかけると、香穂子はぱあっとした笑顔で月森を振り返った。
「蓮くん早かったね!?」
「生徒会選挙に出ると言うのは本当なのか?」
突然の月森の問いに香穂子はキョトンとした表情を見せたが、すぐに「あぁ」と頷い
て笑った。
「情報早いね〜誰に聞いたの?」
その言葉に月森はガクリと脱力する。
ワナワナと身体が震えてきた。
「本気・・・なのか?」
「立候補なんてしたら選挙活動で練習する暇はないし、生徒会に入ったら
忙しくて今より傍にいられなくなるんだぞ!?」
「俺は反対だ!!」
そこまで言って月森はハッとする。
つい感情的になって言いたいことを言ってしまったが生徒会立候補は
クラスの話し合いで決めた代表者だ。
クラス全員の総意、しかも香穂子がやる気になっているのに自分勝手な我儘で
反対するなんて駄々をこねる子供と同じだ。
だが、言ってしまったことは後には引けない。
月森は厭きれて返ってくるであろう香穂子の言葉を待った。
「ちょっと待ってよ。何か勘違いしてない?」
だが、香穂子は予想に反して慌てて、手を前に出して月森の言葉を制した。
「勘違い?」
月森の反芻に香穂子はうんと頷く。
「そりゃ、最初はコンクールに出て入賞した私が候補に上がってたけど、
ちゃんと断ったよ?私だって蓮くんの傍にいられないなら意味ないもん」
「その代わり応援演説を引き受けることになっただけだよ・・」
「応援・・演説?」
(立候補者の友人が演説してアピールするあれか?)
それを聞いた瞬間、月森は再び身体から力が抜け落ちた。
ヘナヘナとその場に座り込む。
「蓮くん・・?」
香穂子が心配して月森を覗き込んだ。
「良かった・・」
「え?」
「心配してたんだ・・君が生徒会長なんかになったら忙しくなって俺の事なんて
構ってくれなくなるんじゃないかって・・」
「身勝手だな」
それを聞いた香穂子がフルフルと首を横に振った。
「そんな事ないよ」
「本当はね。ちょっと迷ったの」
「私が生徒会でバリバリ仕事してるような子なら蓮くんのファンの子達も
少しは認めてくれるかなって・・」
「でもさっきも言ったけど、そのために蓮くんの傍にいられなくなったら意味は
ないもんね?だから辞める事にしたの」
「だから蓮くんが身勝手なら私も自分勝手だよ」
「それとね・・・」
香穂子は急に言い淀んで、もじもじとしながら俯いた。
頬が赤くなっている。
「他に立候補したいものがあるのでそっちに集中したいと思いマス」
「他に立候補?」
月森は考え込んだ。
他に立候補するような活動が学校の中にあっただろうか?
もしかしてヴァイオリンに関すること?
外部のコンクールに出たいとか?
それなら協力は惜しまないが・・など考えていたが、それを読み取ったらしい
香穂子が恥ずかしそうに耳打ちして答えを明かしてくれた。
「私が立候補したいのは・・・」
―― 月森蓮くんのお嫁さんです・・・ ――
その言葉を聞いた月森は真赤になって口元を手で覆った。
「何だ・・そんなことなのか・・・?」
「それならもう決まっているから安心してくれ」
―― 君が当選確実だ ――
生徒会活動は部活とは違いますが、話を思いついた時に他に
当てはまるお題がなかったので無理矢理これにしました。
本当はちゃんと立候補者にして火原やら土浦を巻き込もうとしたんです
がそれだとえらい長い話になって一話ではまとまらなかったのでこうしました。
このお題では珍しく両思いの二人です。