あったかい



                  
                 外はここ数日ずっと雨だった。
                 そのせいか夏も本番だというのにちょっと寒くて、冷え性の私は指先があっという間に
                 冷たくなった。

                 それなのに私は傘を差して寒い体育館裏にいたりする。
                 それというのも同じ普通科の男の子に呼び出されたからなんだけど・・・。

                 (こんなところに呼び出されるなんてやっぱり”アレ”・・・かな?)

                 なんて想像してみる。
                 まさか親衛隊みたいなお呼び出しじゃないよね?
                 どちらにしても早く来て欲しかった。
                 このままだと手がかじかんでヴァイオリンが弾けなくなっちゃうよ。

                 そんなことを思っていると、呼び出した本人がようやく姿を現した。
                 見たことの無い人だなぁ。
                 まあ同じ普通科でもクラスは多いし、全員を知ってるわけじゃない。
                 コンクールがなければ土浦くんや天羽さんのことだってきっと知らなかったと思う。

                 彼は目の前にやってくると「待たせてごめん」と照れたように言った。
                 私は黙って首を横に振る。

                「あの・・・前から好きだったんだ・・・」

                 彼の口から出た言葉は予想通りのものだった。
                 だったら申し訳ないけど私から返す言葉は一つしかない。

                「気持ちは嬉しいんですけど、私、彼氏がいるんです・・・」
                「だから・・ごめんなさい!!」

                 そう言って勢い良く頭を下げた。

                 好きだという気持ちは嬉しい。
                 でも、その思いに私は決して答える事は出来ないからただ謝るしか出来ない。
                 だって蓮くんのことが好きだという気持ちはずっと変わることはないもの。

                「そっか・・わかったよ」

                 彼のその声に頭を上げる

                (あ・・・・・)

                 一瞬・・ほんの一瞬だけ見せた傷ついたような表情。

                「こんな所に呼び出してごめんな・・」

                 私を気遣うように浮かべた笑顔。
                 傷を無理に隠しているように見えて胸がチクリと痛んだ。

                 人を好きになる痛みがわかるから・・・私も苦しい。
                 ふった私を気遣ってくれるなんて、本当は優しい人だったんだろうな。

                (ごめんなさい・・そしてありがとう・・・)

                 立ち去っていく彼の背中に私はただ呟くしか出来なかった。


                 「遅くなってごめんね?」

                  練習室の扉を開けて声をかけると、中にいた蓮くんがゆっくりと振り返った。

                 「用事はすんだのか?」
                 「うん・・・まあ・・」

                  私は曖昧に笑って見せた。
                  別に後ろめたいことがあるわけじゃないけど、蓮くんと顔があわせ辛い。

                  何となく視線を合わせないままヴァイオリンをケースから出した。
                  調弦をしてみたものの、やっぱり指がかじかんでスムーズに動かない。
                  私は仕方なくヴァイオリンをピアノの上に置いて指をさすった。

                 「今日って寒いよね」
                 「そうだな・・・」

                  蓮くんは自分もヴァイオリンを下ろすと、バッグの中から缶ジュースを取り出して
                 私に握らせた。

                 「温かいミルクティー?」
                 「音楽科の方の自販機にあるんだ」

                  この季節にまだ温かい飲み物があるなんて珍しい。
                  少しだけ冷めてしまったようだけど、指を暖めるにはちょうど良い温度だった。
                  缶を握る私の両手を蓮くんの両手が包み込む。

                 「君が傷つく必要はない」
                 「え・・・・?」

                  私は驚いて蓮くんを見上げた。

                  そこには心配そうに私を見つめる眼差しがあった。

                 「蓮くん、見てたの?」
                 「天羽さんがお節介にも知らせて来たんだ」

                  蓮くんはバツが悪そうに顔を背けた。
                  でも、すぐに私に視線を戻して・・・。

                 「君はアイツの気持ちを十分に理解した」
                 「それはあいつにも伝わったと思う・・だから・・」
                 「だから君はそんなに傷つかなくて良いんだ」

                  蓮くんの大きな手が私の頬を撫でた。

                 「何でかな・・もう・・・」
                 「蓮くんてば・・何でそんなにみんなお見通しなの?・・・・」

                  いつの間にか緩んだ涙腺から涙が溢れ出した。
                  蓮くんはそれを指で拭うと、まるであやすように私の身体を抱きしめてくれた。

                 「そんなのは決まってる・・」
                 「他の誰でもなく、君だから・・・」
                 

                  伝わってきたぬくもりと言葉にホッとして、さらに涙が止まらなくなりそうだった。


           

                 今回の話は最近のUPした中では良い方かなと思ったりするんですが・・
                 どうでしょうか?