暁に謳う 前編




 夜の帳が下りて、部屋の行灯がゆらりと揺れる部屋の中。
 総司と神谷から大事な話があると言われた俺と近藤さんは、さほど広くない部屋の中で二人と向き合っていた。
 そこは何とも言い難い、重い空気が流れていた。
 というのも、普段明るい雰囲気を作る神谷が、今は膝の上に拳を作り、終始俯いて黙り込んだままという事もあるだろう。
 逆に総司は近藤さんが出してくれた菓子には目もくれず、顔を挙げ胸をはって凛と前を見据えていた。
 先に口を開いたのは総司だった。
「神谷さんのお腹の中に赤子がいます」
「え・・・?」
 俺と近藤さんは驚きのあまり、その言葉の意味を理解出来ないでいた。
 総司はそんなことには構わず、尚も続ける。
「その子の父親は私です」
「赤子?父親って・・・・」
 近藤さんは呆然と総司の言葉を繰り返した。
「どういうことだ?」
「神谷君は男だろう・・?」
 近藤さんは混乱を隠せないでいた。
「如心遷ってやつはそんなことも出来るようになるのか?」
 俺は腕を組んで二人に言う。
 今の俺は、さぞかし不機嫌に映っているだろう。
「残念ながら、如心遷のせいじゃないんですよ」
 総司は自嘲気味に笑った。
「神谷さんは最初から女子だったんです」
「おっ、女子?」
 今まで、俯いているだけだった神谷がやっと顔を挙げ、口を開いた。
「本名は富永セイと申します。神谷は鬼籍に入った母の旧姓です」
「神谷・・いや、おセイさん。なぜ新選組に?」
 幾分、落ち着きを取り戻した近藤さんが穏やかに聞く。
「兄と、父の仇をとりたいと言った事は偽りではありません、ただ・・」
「その後も残ったのは、自分の運命をこの新選組と共にありたいと思ったからです」
「総司、お前はいつから女子だと知ってたんだ?」
「・・・・・・ほぼ最初から・・」
 その言葉を聞き、俺は無意識のうちに総司を殴り飛ばしていた。
「おい!」
「先生!!」
 近藤さんは慌てて俺達の間に止めに入り、神谷は総司を助け起こした。
 起き上がった総司の口元に赤い血が滲んでいる。
「女と知った上で引き入れて、陰で二人でよろしくやっていたということか」
「違う!!」
 怒りを含んだ俺の言葉を総司は強く否定した。
「確かに私は神谷さんが女子だと知っていたし、それを逆手にとって無理矢理に自分のものにしました」
「でも、隊務の時は女子として扱った事はありません」
「神谷さんだって、それに甘える事はありませでした」
「立派に武士でした、その心の中までも」
「だからこそ、松本法眼も力を貸してくださったんです」
「土方さんだって、そのことは十分知っているでしょう?」
 もちろん知っている。
 池田屋の活躍も目覚しく、平隊士の中では誰よりも信頼に値する。
 女子でありながら、最近の名前だけの武士より武士らしかった。
 だからこそ、他の幹部達も何より彼女を可愛がるのだろう。
「こんな事になってしまったのは、私が弱かったせいでしょう・・・」
「でも、後悔はしていません」
「私は・・・」
「もういい、総司」
 近藤さんは優しく総司の背中を叩いて言葉を遮った。
「お前の気持ちも、おセイさんの気持ちも良くわかった」
「次はこれからの話をしようじゃないか」
「新しい命の誕生を喜んでやらなくちゃな・・」
「トシだって別に怒っているわけじゃないんだぞ」
「本当は弟分のお前に、子供が出来て嬉しくてしかたがないんだ」
「なぁ、トシ」
 近藤さんは俺を悪戯な目で見た。
「ふん!」
 俺は照れを隠すためにわざとそっぽを向いて怒ったふりをしたが、そんなことは総司や近藤さんにはお見通しだろう。
「先生、土方さん・・」
「局長、副長ありがとうございます」
 礼を言いながら頭を下げた神谷の手の甲にポタポタと涙の雫が落ちた。


 それからというもの、大変の連続だった。
 幹部達に神谷が女子であることを説明し、総司の子供を身篭っている事を説明した。
 すると、驚く一方で、悲観にくれる者が約二名ほどいた。
 左之と斉藤だった。
 左之は神谷が女子である事を見逃して悔しさ半分だったようだが、斉藤は声をかけるのをためらうほどに落ち込んでいた。
 やがて急に立ち上がったかと思うと、いきなり総司に斬りかかっていったので、皆で止めに入るのが大変だった。
 そしてそんな周りを巻き込みながらも二人は祝言を挙げ、その七ヵ月後に神谷は女の赤子を産んだ。
 赤子が生まれて数日後、俺と近藤さんで二人の新居に様子を見に行くと、総司が突拍子も無い事を言い出した。
「土方さん、この子の名付け親になって下さいよ」
 俺はその言葉に瞠目した。
 しばし固まった後、ハッと我に返るとつい大きな声で怒鳴っていた。
「なっ!何で俺なんだ!?」
「近藤さんに付けてもらえよ!それが本来の筋ってもんだろ!?」
「しっ!トシ、声が大きい」
 近藤さんが人差し指を口に当てて「静かにしろ」と言う。
 その腕の中には、先程までぐずっていた赤子がスヤスヤと寝息を立てている。
 近藤さんは、まるで本当の孫を見るかのような眼差しをそれに向けていた。

(じじ馬鹿・・・・・)

 思わず、そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
 このでれでれした姿を見た者達は、これが泣く子も黙る新選組の局長とは誰も信じないだろう。
 近藤さんは視線を赤子に向けたまま話し始めた。
「俺も賛成したんだよ、トシ・・」
「お前だったら、この子にきっと良い名を付けてくれると思ってな・・・」
「それにしたって・・・」
 近藤さんに言われても、なおも渋る俺に総司は言った。
「近藤先生もこう言ってくれてるんだから良いじゃないですか」
「それに土方さんはこの子にとってはおばあちゃんみたいなもんなんですから」
「は・・・?」
 俺の目が点になる。
「近藤先生は私にとって父であり兄です」
「その近藤先生の女房役が土方さんなら、私にとっては母であり姉であり・・?」
「だったらこの子にとっては、おばあちゃんじゃないですか」
 俺はあんぐりと口を開けたまま、言葉が出なかった。
「そうだな、総司、あははは」
 近藤さんと総司は愉快そうに笑う。
 ふつふつと怒りが込み上げてきて、爆発寸前だった。
 それに気がついたセイがいち早く避難する。
「何を笑ってやがる!!」
 俺は総司の頭に拳骨を喰らわした。
「酷い!何するんですか〜〜〜〜(泣)」
 総司は涙ぐみながら頭に出来たコブを押さえた。
 人の親になってまで拳骨もらうなんて前代未聞だ。
「後で、頼むんじゃなかったって後悔してもしらねぇからな!!」
 総司は俺の言葉に瞠目した後、にっと笑った。
「後悔なんてしませんよ・・」
「私は土方さんを信じてますから・・・」
「ふん!」
 こうして、俺は赤子の名付け親になることになった。




 数年後。
「あいたた・・・」
 総司は頭に出来た大きなコブを押さえながら俺の部屋へとやってきた。
「どうしたんだ?総司」
「セイに殴られたんですよぉ」
「桜に頬擦りしすぎて水疱出来ちゃって、怒られましたぁ」
「夕べ殴られたのにまだ痛いんです」と言いながらシクシクと涙を流して寝転んでいる。
 その姿は仕事中の俺には激しく目障りだった。
「馬鹿が・・」
 俺が桜と名づけた赤子は、すくすくと育っていた。
 最近は顔立ちが神谷に似てきて、一層に総司は可愛がっている。
 俺や近藤さんたちも可愛がっていたが、他の幹部達のアイドル的存在でもあった。
 唯一つ、気に入らない事と言えば、俺の事をトシおばあちゃんと呼ぶ事だ。
 コホコホ
 総司が小さく咳き込む。
「なんだ、まだ風邪治らないのか?」
 寝転んでいる総司に目を向けた。
「んー、最近朝晩冷えるせいか、中々治らないんですよ」
 総司は苦笑いした。
 総司はここ最近、咳き込む事が多くなっていた。
「桜にうつしでもしたら神谷に更に怒鳴られるぞ」
「そうですよね・・・・」
「私も桜にうつったら泣いちゃうな〜」
「今日はもう仕事ないんだろ?」
「えぇ・・・」
「だったらこんなとこでぐずってないで、帰ってとっとと寝やがれ!」
「ここにいられても邪魔なんだよ!」
 俺は総司の袴を掴むと廊下へと放り投げた。
 総司はべしゃと顔から着地する。
「いたた・・」
 今度は赤くなった鼻を押さえながら起き上がった。
「ひどいなぁ、土方さんは乱暴者なんだから・・」
 総司は口を尖らせながら抗議した。
「桜ちゃんに言いつけちゃうんだから」
 こんなのが親かと思うと桜の将来が不安になる。
「でも、たまにはいいでしょう」
 総司は立ち上がって埃を払った。
「早く帰って、桜と遊べますからね」
 と言って、嬉々としながら早々に屯所を後にした。
「いつも、早々に帰ってんじゃねぇか・・」
 俺はその姿を見送りながら呆れて呟いた。

 総司が家路を急いでいると遊んでいた子供の輪から一人の子供が抜け出てきた。
「父様!」
 娘の桜だった。
 総司は桜を抱き上げると、たかいたかいをする。
 桜はきゃ〜と声を上げて喜んだ。
「桜、ほっぺはまだ痛いですか?」
 総司が聞くと桜は首を横に振った。
「もう痛くないよ!」
「よかった〜」
 総司は桜を下ろすと手を繋いで歩き出す。
「こんなに遅くまで遊んでると危ないですよ」
「へっちゃらだよ〜桜、男の子より強いもん」
 えっへんと自慢げに言う娘を見て、セイにますます似てきたと思う。
「わ〜、お空が真赤だよ」
 川べりを歩いていると、夕日に向かって桜が指を指した。
 しばし立ち止まってその光景を眺めていた。
「ねぇ、父様。どうしてお月様がでてくるとお日様は隠れちゃうの?」
 娘の質問に言い答えはないかと総司は首を捻る。
「そうですねぇ・・・・」
「わかった!きっとお月様のことが大好きなんですよ」
「大好きだと隠れちゃうの?」
「大好きなお月様がでてくると、お日様は照れやさんだから山に隠れちゃうんです」
「そっか〜、だからあんなに赤くなっちゃうんだね」
 桜が感心したように何度も頷く。

(我ながらいい答えが見つかった・・・・)

 総司は父親の威厳を保てたような気がしてホッとした。
 土方からするとそんなものは最初からないのだが・・・。
 家に帰ると、門限を守らなかった桜はセイから大目玉を食らった。
 総司はそれを宥めに入る。
「総司様は桜に甘すぎます!」
 今度は総司が怒られた。
「怒られちゃったね・・」
「しょうがないですね、お母様は土方さんと同じくらい怖いですからね」
「誰が怖いって?」
 外から聞き覚えのある声がして戸口が開いた。
「土方のおばあちゃん!!」
 桜が俺に飛びついてきた。
「おじさんだ!お・じ・さ・ん!!」
「おじさんは近藤のおじさんでしょ?」
 桜が不思議そうに首を傾けた。

(勘弁してくれよ・・・)

「土方さんどうしたんですか?」
「薬を届けに来てやったんだろうが!!」
 懐から薬の袋を出して総司に投げた。
「早く風邪なんか治しやがれ」
「はいはい・・」
 総司は変な笑いを浮かべて家に上がるように促した。
「?・・・なんだよ」
「素直に桜の顔を見に来たって言えばいいのに・・」
「うるせー///////」
「副長どうしたんですか?」
 セイも突然の訪問に驚いていた。
「桜の様子を見に来てくれたんですよ」
 くっくっと笑いながら総司が説明する。
「まぁ、副長にしては素直に答えが返ってきたんですね」
「どういう意味だ(怒)」
「言葉の通りです」
 久しぶりのやり取りに軽くめまいがした。
 総司も懐かしそうに目を細めている。
「土方さん、ちょっと着替えてきますね」
 総司が隣の部屋を指差す。
「おう!」
 セイは台所に茶の用意をしに行っていた。
 総司の後を桜がチョコチョコと追っていく。

(まるでカルガモの親子だな・・・)

 その光景がなぜかとても愛しく感じる。
 隣の部屋では桜が総司にじゃれ付いて着替えの邪魔をしていた。
 それに怒ることなく相手をしていると、総司は自分の身体に異変を感じた。
 胸の奥から不快感が込み上げてくる。
 ごほごほ
 総司はいつもより激しく咳き込んだ。
 同時に、口の中に鉄の臭いが広がる
 口を押さえた手には赤い血が広がっていた。
 総司は自分の手を呆然と見た。
 手から零れたそれが畳の上に赤いシミを作る。
 しばしそれを眺めてから我に返った総司は、ある病の名が浮かんだ。
「父様、どこか怪我したの?」
 総司の手を見て、桜が心配そうに覗きこむ。
 一瞬にして恐怖感に見舞われる。
 体力が少なく、何の抵抗力も持たないこんな幼い子供には、いとも簡単にこの病はうつってしまうだろう。
「痛い?」
 血の付いた手を握ろうとした桜を思わず突き飛ばした。
「私の傍から離れなさい!!」
 後ろに尻餅をついた桜は意味がわからずに目を丸くしていたが、やがてその大きな瞳に
涙を溢れさせた。
「うわーん」
 優しかった父親が突然辛くあたったことで大きな声で泣き始めた。
「さく・・」
 ごほごほ
 再び、咳が込み上げてきた。
「なんだ?」
 桜の泣き声に気がついた俺は隣の部屋の襖を開けた。
 桜がこんなに大泣きするのを聞くのは初めてだった。
 同時に、セイも盆に茶を載せて台所からやってきたところだった。
「どうしたのでしょうか?」
 二人で隣の部屋を見やる。
「桜・・?」
 桜がこちらに背を向けて大泣きしている。
 その奥で総司が口を押さえて咳き込んでいた。
 その手から赤いものが滴り落ちている。
「総司・・・?」
 俺の後ろから部屋を覗き込んでいたセイが、ガチャンと湯呑みを落とした。
 湯呑みは割れることなく、セイの足元を転がっていた。
「総司様・・・・?」
「総司様!!」
 立ちすくんでいたセイが慌てて総司に駆け寄る。
「あなたも・・そばにいてはだめです・・」
 総司が苦しそうに言う。
「なにを・・・何を言ってるんですか!」
 医者の娘であるセイはその病の恐ろしさを知っている。
 それは俺にも同じ事だった。
 俺は総司に肩を貸すとセイに布団を敷くように指示した。
 しばらく苦しそうに息を乱していたが、落ち着いたのか寝息を立て始めた。
 桜はその様子を襖の方から見ていた。
「父様どうしたの?」
「病気なの?」
 桜がセイに着物の袖を引張る。
 セイは膝をついて桜を抱きしめた。
「桜、お父様病気なの・・」
「とても辛い病気なのよ・・」
「人から嫌われてしまう病だけど、母様と桜だけはずっと傍にいてあげましょうね」
「嫌われちゃうの?」
 桜の言葉にセイは泣きながら頷いた。
「桜、ずっと傍にいるよ!ずっと父様の味方だよ!!」
 泣きそうになるのを必死に堪えて目を瞠っているのがわかった。
 桜が俺を見上げた。
 俺はそっと桜の頭を撫でた。
「俺も、近藤のおじちゃんも味方だ」
「ずっと傍にいるぞ」
 桜はぱぁと笑顔になり、小指を出した。
「約束ね!!」
 俺は小さなその指に自分の小指を絡めて指切りをした。
 
 誰一人としてかけることなく、仲間でいられればいいと思っていた。
 しかし運命はひっそりと、でもこんなにも早くやってきた。
 時間はすべてを無に返す力を持っている。
 悲しみも痛みも喜びもすべて思い出にしてしまう。
 


 それは時に優しく癒すものであり、時に残酷さをもたらす。
 

                                    後編へ続く
 


    言い訳

  4444番 秋生ゆい様からのリクエスト。
  史実バレで切ない系夫婦ネタで子供ありです。
 ちょっと長くなりそうなので、前後編に分けました。
 夕焼け小焼けの続編ぽい感じです。
 これを書いてるときのBGMはガンダムシードの
 イメソン4の「暁の車」
 お店で流れてるのを聞いて惚れて即買いました。
 最初ゆっくりと始まってだんだんと曲の流れが変わります。
 おすすめなので聞いてみてくださいね。



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