アゲハ蝶の見た世界



                      「君は音色は蝶のようだと思う」

                       突然の月森くんの言葉の意味がわからず、私はぼんやりと彼に目を向けた。
                       見つめ返された瞳はどこまでも真剣で・・真剣だからこそ余計にその言葉に
                     込められた意味が読み取れない。

                      「どうしてそう思うの?」

                       肩に載せていたヴァイオリンを下ろしてケースに収めると、ピアノの長椅子に
                     腰を下ろしている月森くんの隣に背を向ける形で浅く座る。
                       


                      「自由で軽やかで・・・そして鮮やかに人を惹きつける・・」
                      「まるで優雅に舞うアゲハ蝶のようで自然と手を伸ばしたくなる」
                      「そんな所が似てると思うんだ・・・・」
       
                      「でも、その魅力を引き寄せられて蝶を籠に捕らえれば、蝶はきっと弱って
                     飛べなくなってしまう」
                      「そんなことになったら必ず後悔するだろうな」

                       月森くんは自嘲気味に微笑むと人差し指でポーンと鍵盤を叩いた。

                       私は不思議に思って首を傾げる。

                       弱る・・・?
                       籠というのはもしかして月森くん自身を表しているのだろうか?。
                       でも、それでなぜ私が弱ってしまうの・・?

                       「すまない。君を困らせてしまったようだな」

                       疑問に思っているのが解ったのか、月森くんは自分の胸のうちを
                     ゆっくりと語り始めた。
                  

                       「君の音楽は今は無理でも、いつか世界に通用するものになると俺は
                      信じている」
                       「だから俺は良きライバルを育てる為にあらゆる協力をしようと思っている」
                       「それがいつの日か、自分にもプラスに働く時がきっと来るだろうからだ」

                       私は月森くんの言葉に頷く。
                       現に今も月森くんのおうちにお邪魔して伴奏をしてもらいつつ、アドバイスを
                     してもらっているのだ。

                       「でも・・・」

                       「正直、閉じ込めて自分だけのモノにしてしまいたいとも思う自分がいる」
                       「君は俺には無いものを持っているからもどかしくて、そして憧れるんだ」
                       「オルゴールのように蓋を開けて・・自分だけが触れることが出来たらどんなに
                      良いだろうと」  
                       「こんなことを言ったら君は呆れるだろうな」

                       月森くんの瞳は相変わらず揺らぐことの無いまま、まっすぐに
                      私に向けられていた。
                       それは決して冗談ではなく本心であることの証明でもある。

                       私の心がそれに反応して静かに波立ち始めた。

                       「月森くん・・・・・」

                       「すまない。今言ったことは忘れてくれ」

                       月森くんは私の言葉を遮るように言うと再び楽譜に目を移した。

                       「さっき引っかかったところの前の小節から始めよう」

                       私は気づかれないように溜息をつくと、再びヴァイオリンを手にした。
                       月森くんは話を戻すことを拒否している。
                       こうなってしまってはもうダメだろう。
                    
                       ヴァイオリンを構えながらそっと窓に視線を投げた。

                       窓はほんの少し開いていて、風が白いカーテンを揺らしていた。
                       その隙間から昇り始めた赤い月が私たちを覗き見ている。

                        月森くんはわかっていない。

                        蝶は花なしでは生きて行けないことを・・・。
                        蝶がいつでも恋焦がれているのは甘い蜜

                        それを手に入れようと必死にひらめく。

                        それが決して辿りつけない月の花であったとしても・・・。
                        いつか届くと信じて・・・。

                        アゲハ蝶が夢見るもの。
                        それは彼の腕の中から見る小さな世界だ

                       

                         すみません。久しぶりの更新で意味不明な話です。
                         もっとまともな話を書けるようになりたいのですが
                         今の私にはこれがたぶん限界かと。
                         そんな話でも更新したのは毎日拍手を押してくださる
                         方に申し訳ないからなんです・・。
                         一応、好きなんだけど変化を拒絶する月森と恋人になりたいけど
                        なれなくてもどかしい香穂ちゃんのつもりです。