2nd contact
               


                     親子三人で出かけたある日のこと。
                     用事を終えて帰宅する頃にはすっかり夕方になっていて
                    日が沈みはじめていた。

                    「愛音見て、お空がとっても綺麗だよ」

                     香穂子が指差した方角を見上げると、見事なまでにグラデーションに
                    染め上がった空。

                    「ホントだ〜」

                     両手を挙げて感歎の声をあげる愛音とは違い、俺は少し感傷的な気持ちで
                    その空を見上げていた。

                     それは幼い時の記憶。

                     通っていたヴァイオリン教室から帰る時はいつもこんな風に空は朱に染まっていた。
                     それを眺めながら帰って行くのはなぜか寂しくて心細くて・・。

                     通りがかる児童公園から聞こえてくるブランコの音と笑い声にどこかホッとする
                    自分がいた。
                       

                      幼稚園時代、教室まで送り迎えをしてくれていた祖母がそんな俺の様子に
                    気づいて「蓮は公園で遊ばないの?」と言ってくれた事があった。

                      俺は一瞬戸惑った後、黙って首を横に振った。

                      「そう・・」と残念そうに微笑む祖母。

                      もしかしたら、ヴァイオリンばかりに熱中して子供の遊びをあまり知らない俺を
                     心配していたのかもしれない。

                      そして小学生になって一人で通うようになってから、その不思議な寂しさは
                     どんどんと増していった。

                      いつも通る橋の手前で一度立ち止まる。         
                      ここを通り過ぎればすぐに児童公園がある。

                      今日もあのたくさんの笑い声は聞こえてくるだろうか?

                      そう思いながら一歩を踏み出す。
                      その途端、背後から「おい」と声をかけられた。

                      振り返れば、大柄な5、6年生らしき数人が俺を取り囲み始めた。
                      その背後には見知った顔。
                      同じヴァイオリン教室に通う上級生だった。
 
                     「おまえ下級生なのにいい気になってるんだってな」

                      リーダーらしい奴の言葉に俺は憮然とした。
                      はっきり言って一人だけを除いては見たことのない顔ぶれだ。
                      そのたった一人だってあまり会話したことがないのにいい気になっている
                     などと決め付けられるのは心外だった。

                      自然とそんな気持ちが表情に表れたらしく、上級生達がムッとした表情になった。

                      「何だよその目、生意気なんだよ」

                      そう言っていきなり突き飛ばされてよろけた俺は橋の欄干にぶつかった。
                      上級生とは思えない行為に俺も負けじと睨み返す。

                      「何をするんだ!!」

                      「こいつ逆らう気か?」
                      「痛めつけようぜ」

                      誰かがそう言うと肩を両側から掴まれて押さえつけられた。
                     
                      「指・・・」
                      「指折っちゃおうぜ」

                      同じヴァイオリン教室に通う上級生の言葉に耳を疑った。
                      仮にもヴァイオリンを弾く者なのだ。
                      そんなことをすればどうなるかくらいいくら子供でもわからないはずはない。
                      だが、彼は更に言葉を進める。

                      「そうしたら二度と先生に褒められなくなるだろう?」

                       愕然とした。
                       それが俺を気に入らない理由なのかと。

                       そんな下らないことで、大事な指を・・・・。

                       上級生達が俺の両手を掴んで指に力を入れた。
                       反り返される指の痛みに顔を歪む。

                       初めて誰かに叫ぶように救いを求めた。

                      「だ・・誰か・・・」

                      「きゃ〜誰かたすけて〜!!(棒読み)

                        その声に俺も上級生もハッとして顔を上げた。
                      見れば橋の向こうで同じ歳くらいの女の子が懸命に騒いでいた。

                      「いじめっ子がいるぅ〜」

                        その声に驚いた近所の大人たちが数人家から出てきた。

                      「こら!何してる!?」
                      「やばい!逃げろ!!」

                        まるで蜘蛛の子を散らすように上級生達は逃げていった。
                        俺は気が抜けてズルズルとその場に座り込んだ。

                        気がつけば、手は赤くなって小刻みに震えている。

                       「大丈夫?」

                        助けを呼んでくれた女の子が心配そうに俺を覗きこんだ。
                        逆光で顔はよく解らないが、ふたつに結われた夕焼け色の髪が印象的だった。

                       「うん・・・」

                        俺はヴァイオリンケースを掴んで立ち上がる。
                        視線を合わせたことでようやくその女の子の顔がはっきりと見えた。

                        無意識に大きな瞳がとても綺麗な子だと考えている自分がいた。

                       「ありがとう」

                         お礼を言うと、その子はにっこりと笑って頷いた。

                       「怪我しなくて良かったね」
                       「暗くなるから早くおうちに帰った方が良いよ」
                       「私も帰るから」

                         じゃあねと手を振りながら女の子は走り出す。

                         よく知られた童謡を口ずさみながら・・。


                       「パパ・・パ〜パ〜」

                         ハッと我に返ると愛音が俺の袖を引いていた。
                         香穂子もその隣で穏やかな笑みを浮かべながら俺を見つめている。

                       「ねえパパとママ、あれやって!!」

                          愛音が俺の手を掴むともう一方の手も香穂子と繋いだ。

                          俺と香穂子は繋いだ手に力を入れて腕を上げると愛音の身体が
                         ぶら下がるように宙に浮いた。

                       「きゃ〜」

                          愛音が喜んで声を上げながら笑っている。

                        
                          あの後、あの場所にいっても女の子に出会うことはなかった。
                          でも、あの子にそっくりな女の子が俺と香穂子の間に娘として
                         今、ここにいる。

                          それは紛れも無くあの女の子が香穂子であったという証だろう。

                          愛音が俺たちと手を繋いだまま歌を歌い始めた。

                          あの日、あの子が歌っていた童謡。

                    
                         「カラスが鳴くからか〜えろ〜♪」

   
                    

                          どうしても最後のこの歌が載せたくてそのすじの事を調べてみました。
                          解りやすく述べている所を見ると、全部はダメなようですが一部の
                          引用ならOKなようなので書いてみました。
                          題名調べたけど良くわからないんですよ。
                          何か本当は童謡じゃないみたいです。
                          どこかの民話に出てくる子供達が話の中で口ずさんでる
                          みたいなんですが、話の中では童謡にしました。
                          たぶん月森も知らないと思うし。
                          ちなみに「3rd CONTACT」はアンケート御礼話です。
                          管理人からの返事を希望された方に送りますのでお待ち下さい。