どうしてこうなったのか。
『彼』は自分が今置かれている状況を前に、そう思わざるを得なかった。
そもそも事の発端は街中を歩いている時に、彼女と離れてしまった事にある。
何故離れたのか、特に理由は無い。ただの気まぐれだ。
つまり元の原因は『彼』にあるのだが、それは仕方が無かった。
気まぐれは『彼』の性分なのだから……。
しかし今の状況に関しては、一概に『彼』だけの責任とは言えない。
彼女と離れた後、白い帽子を被った男が怖い顔をして追いかけて来なければ、こんな事にはならなかったかもしれない。
『彼』は恐る恐るといった様子で、自分の足元を覗き込んだ。
辺り一面水といった光景に、『彼』は全身を振るわせた。
『彼』は水が苦手で、泳げないのだ。
もしここから落下すれば、間違いなく溺れてしまうだろう。
不安定な足場は『彼』が動くたびに揺れ、来た道を引き返す事も出来ない。
避ける事の出来ない自分の運命に、諦めに似た感情が芽生えかけた……、その時だ。
背後に誰かの気配を感じた。
もしや自分を追ってきた男か、それとも彼女が自分を見つけてくれたのだろうか。
そう思って『彼』が振り返ると……。
そのどちらでもない、大人びた印象の中に幼さを残した少年がそこにいた。
初めて会う人間だ。
しかし少年は『彼』の事を知っているらしく、名前を呼んで手を伸ばしてきた。
少年が足場に片足を乗せた瞬間、ミシリと鈍い音が響く。
途端に少年と『彼』の動きが止まった。
だがそれも一瞬の事で、少年は再び『彼』へと手を伸ばしていく。
『彼』は抵抗せず、少年に片手で持ち上げられると、胸元へ抱かれた。
少年はほっとした様子で息を吐く。
だから対応が遅れた。
ボキリと音を立てて、足場が折れたのだ。
当然、そこに足を乗せていた少年はバランスを崩し、前のめりに落下する。
少年と『彼』は思わず悲鳴を上げた。
しかし悲鳴を上げたからといって、どうにかなるものでもない。
少年と『彼』は水面に落下した。
落下の拍子に少年の腕から離れた『彼』は、必死に水中でもがいた。
だが、もがけばもがくほど身体は沈んでいく。
そんな『彼』の身体がふっと持ち上がった。
足をぶらりと宙に投げ出した姿勢となった『彼』は、自分を両手で持ち上げる相手の顔を正面から見た。
先程、『彼』と一緒に水面に落ちた、あの少年だった。
水に落ちたため、少年の身体は『彼』と同じく、ずぶ濡れである。
更に水に濡れている事を嫌った『彼』が、腕の中で身体をぷるぷると振った拍子に、周囲に水飛沫が飛んだ。
当然、『彼』を持ち上げていた少年は、顔に飛沫をまともに浴びた。
既にずぶ濡れなため、特に変わりはないのだが、少年の口から疲れた様に溜め息が出る。
そんな少年を励ますかの様に、『彼』はにゃあと一声鳴いた。
「ただいま……」
「おかえりなさい……?」
ずぶ濡れの姿で入り口に立つカイトに、エルクは首を傾げた。
エルクの手には注いだばかりのコーヒーが入ったマグカップが握られている。濡れた身体はすっかり冷え切っており、カイトの視線はマグカップに釘付けになった。
「……飲みます?」
視線に気づいたエルクは、カイトにマグカップを差し出した。
「……ありがとう」
遠慮なくカップを受け取ったカイトは、舌が火傷する事も厭わず一気に飲み干す。
そのおかげか、少し身体が温まったように感じられ、ふうっと息を吐いた。
「一体どうしたんですか?」
エルクは苦笑しつつ、別のマグカップにコーヒーを注ぎ
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