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「おきて、おきて、ねぇ、おきて、おきて」 狭い部屋に、女の声を摸したアラームが鳴り響いている。雑然とした部屋。半開きのカーテンから差し込む明るい日差しは、既に昼が近いことを示している。 アラームは、15分ほど鳴り続けた後に、ベッドから延びた男の手によって沈黙した。 「んんっ、もう朝か…」 ベッドから起き上がった男は、その乱れた金髪をかき上げ、一つ、大きなあくびをした。昨夜はどうも飲みすぎたらしい。酒場はここから近くはないのだが、どうやって帰ってきたのか、その記憶はさっぱり残っていない。一緒にいた、フェアリはどうしたんだ。 男はベッドから半裸のまま立ち上がると、ミネラルウオーターのボトルを口に運んだ。そして、机上に積まれたチョコレートの山から、それを一つ取り、口に放り込んだ。男の朝食は、いつもチョコレートと決まっている。鏡を見ると、右の頬に青あざができている。 「畜生、どこかにぶつけたのかな。痛ぇ…。ったく、しまらねぇな。…ん?」 机上の情報端末が、着信のあることをを示していた。男は、その端末を起動する。 センスのない起動音とともに、トーラス社のロゴが画面に広がる。ロゴの青い色は嫌いではないのだが、それ以外のセンスは最悪だと、男は思っている。この会社のやることはどうにも気に食わないことが多いのだが、自分の生活を支えている企業なので、我慢することにしている。 「2件…か。朝からご苦労様なこった」 続いて開いたメール画面には、2件の着信が見て取れた。まず、先に届いた方を読む。 From:フェアリ=メイ Title:酔いどれさんへ おはようございます。 昨夜はおつかれさま。飲みすぎも、程々にしたほうがいいですよ。特に、GAの兵隊に喧嘩を売るのはやめてください。後始末が面倒ですから。IDカードは玄関に置いてあります。 なるほど、顔の青あざは、そういうことらしい。この部屋へは、フェアリが運んでくれたんだろう。華奢な女のくせに、よくやるよ。 その男…、ベン=バリエタールは、そんな事を考えながら、もうひとつ、チョコレートを口へ放り込んだ。軽い苦みに、頭が徐々に覚醒してくる。フェアリは、男と同じく、トーラス社の支援を受ける傭兵である。ただ、傭兵と言っても、どこにでもいる一兵卒というわけではなく、巨大人型兵器、「ネクストAC」のパイロットである。この兵器は1機で1つの戦場を蹂躙し得るほどの代物で、操縦も限られたごく少数の適性ある人物にしか任されなかった。このパイロットのことを、人々は「リンクス」と呼んだ。 「もう一件は、仕事の依頼か。…差出人不明だと?」 差出人不明のメールに、ロクな思い出はない。最たるものが、3年前のものだ。地下施設防衛の依頼で、巨額の報償に釣られて行ってみれば、相手は、GA社直属を含むネクストの5、6機。クライアントは、滅んだはずのメリエス社で、とどめに、GA社実働部隊から爆撃を受けるという、悲惨極まるものだった。後でわかったことだが、滅んだメリエス社からの依頼などあるはずもなく、真の依頼人は、その時に敵対したはずのGA社だった。結局、GA社の企んだ、他社を貶めるための謀略だったわけで、ベンはテロリストの濡れ衣で銃殺にされかけたところを、GA社に敵対するトーラス社に拾われた。フェアリは、トーラス社に元々勤めていたリンクスで、その時から、彼女には随分助けてもらっている。 「このメール、トーラスの検閲をくぐってる。依頼を受けたきゃどうぞ、てか。…なんだこりゃ?」 From:Nobody Title:Non Title アルテリア・スターナムを防衛して欲しい。 敵勢力は二機のネクスト。報酬は十分に用意した。 よろしく頼む。 「おいおい、アルテリア防衛なんて、穏やかじゃねぇな!しかし、報酬は十分。内容は怪しい。さて、どうするかね…」 大きな伸びを一つして、カーテンを開けると、強い日差しが目にしみる。ここは高層アパートの14階。眼下から地平線まで、黄色く砂漠が光っている。その砂漠の中を、一台の軍用車が砂埃を上げて走ってくるのが見える。今や、地上は、どこもかしこも砂漠だらけ。クレイドルなんて大層なものを作る前に、こっちを何とかすればいいのによ、と誰もが思っても口にしないことをぼやいてみる。 「ん…?」 その軍用車は、アパートの前で止まった。
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