#40.悲愴

 継母が生きるか死ぬかの瀬戸際にある中、エレノアはそんな非情な現実を知る芳もなく、クレヨンを片手に、鼻歌しながら落書き帳に向かっていた。
 室内の時計は午後1時を回っていた。昼食時を過ぎていたが、アストライアーが予めサンドイッチを用意してくれていた為、エレノアが飢えに晒される事中なかった。そもそも、自分不在の際は冷蔵庫の中身は勝手に食べて良いというお達しがあり、それに従っただけの事である。
 そんな中で突然ドアが開錠されたので、エレノアは驚いた。
 アストライアーが帰って来たものと思っていたが、ドアから現れたのはブルーネージュことアレクサンドラ=グレイアムである。後事を他のレイヴンに任せるや、プレーアデスを全速力で飛ばし、ガレージに帰還後は車に乗り換えて法定速度ギリギリで飛ばし、幸いにもスピード違反の切符を切られる事無く無事に戦友の家へと辿り着いたのである。
「あれ? ブルーネージュのおばちゃん……? おかあさんは?」
「……病院だ」
「え!? どこかわるいの!? けがしたの!?」
「待て、落ち着くんだ」
 ブルーネージュはエレノアの肩に両手を置いて、何とかなだめるように続けた。
「マナは生きてる。大丈夫だ……」
「だいじょうぶなの?」
「多分……私も聞いたばかりだから……」
 詳しい事はまだ分からないが、それでもエレノアを騒がせたり泣かせたりしてはならない一身で何とか言葉を紡ぐ。
「……おかあさんにあえる?」
「ああ。私も会いに行くつもりなんだ。一緒に行こう」
 ブルーネージュは急ぎエレノアを連れ、早足で駐車場へと向かった。


 レイヤードの都市区画に点在する病院は、内科・外科・歯科・小児科・産婦人科と言った分野による区別の他にも大きく2つに分けられる。
 患者が人間に限定されるか、人間以外も患者として受けれているかである。
 前者の場合は特に言う事はない。後者の場合、地上にまだ国家が存在していた頃の話では獣医を意味していたが、現在ではそれが意味するのは獣医に限らない。何らかの理由で人間を辞めた、所謂強化人間専門の病棟を持っていると言う意味も含まれている。
 アストライアーがしばしば世話になってきたセントアーク病院もまた、そんな強化人間専門病棟が存在している。
「すみませーーーーん!!」
 その、病院の受付に猛ダッシュして来た女がいた。
「看護婦さん! お姉さま――じゃなかった、アストライアーさんの病室はどこ!? ねえ!!」
 まだ少女と言ってもいい外見の彼女は、息を荒げ、白髪を振り乱しながら受付の看護婦に尋ねた。
「ちょっと、落ち着いて下さい」
 本来、セントアーク病院の受付は手が空いているとは言え、容姿端麗かつ清潔な看護婦が受け持つ場合が多い。今回もその例外ではなかった。
「それどころじゃないの!」
 半ば殺気立った形相で少女はまくし立てる。彼女はミルキーウェイなのだが、いまやアリーナの勝利者インタビューで見られた、可愛さを振り撒くアイドルランカーの面影はどこにもないし、当人もそんな事に拘っている場合じゃない事を知っている。
「落ち着け」
 そのミルキーウェイを、遅れて駆け込んで来たガラの悪い青年が抑える。無論、この男はストリートエネミーである。
「アストライアーの病室はどこなんだ?」
 刈り込まれたリクルートカットに黒いジャケットと、チンピラ同然のいでたちをした男を前にしても、この看護婦は肝が据わっているのか、たじろいだり異様に思う様子はない。お見舞いの方だと判断すると、即座にコンピュータが弾き出した入院者リストの検索結果を伝えた。

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まろやか投稿小説 Ver1.50