#34.強敵を追って(その2)

 5時間ほど後、メタルスフィアにばら撒いた50cを代価にデータを入手したアストライアーは帰途に就いていた。すでに日は傾き、ナトリウムランプの光がトレーネシティの薄闇を照らしている。
 規定ギリギリの速度でバイクを飛ばすレディ・ブレーダーが手に入れたデータは、直美のミッション時における行動記録のうちで判明している分と、他のレイヴンはじめアリーナランカー達との試合の動画が大半を占めていた。容量にして十数ギガバイト相当。動画の本数もさることながら、何をしているのかが詳しく判れば良いとばかりに、入手した動画は殆どが高画質映像であったのが原因だ。しかも、それ位やる暇があったら他のも頼むと言う事で、データ圧縮もしていなかったのである。
 全て確認しようとするとなると、丸1日はかかるかも知れない。そして、そこから直美の戦い方について分析するとなれば、更に1日は掛かるだろう。直美との決闘の日時がいつになるか分からないにしても、対策を練る等、戦闘の備えを行うとなると、日数は限られてくるだろう。急な依頼が舞い込んで、貴重な時間を更に減らされる可能性も否定できない。そもそも、そうでなかったとしてもエレノアの世話に回す必要まである。
 現実として起こりうる事態を思い起こしたに及び、流石に少々買い過ぎたかとアストライアーは思った。確かに、直美に関する情報は根こそぎ手に入れられた事は収穫であるが、いかんせん自分の生活上の丈を、軽率にも無視してしまった所がある。果たしてこのデータの何割が、実際に眼を通した上で、直美と対峙する上で役に立つのか――
 考えが過ぎる中、アストライアーの尻が下から突き上げられた。同時にクラクションが鳴り響く。それでハッと我に返ったレディ・ブレーダーは、いつの間にか中央分離帯に乗り上げていた事に気がついた。クラクションは、それに気付いた市民が親切にも警告してくれたのだろう。
 慌てて車道に戻ると、アストライアーは逃げるようにして交差点を右折。路地へと入る。
「さて、エレノアは何事もなく過ごせただろうか……?」
 今日は、アリーナでの敵情視察と言う事もあり、レイヴン達にエレノアが狙われる危険は拭えなかった。そのためエレノアは託児所待機である。
 エレノアを迎えに行かねばならぬ事を思う度、しばらくエレノアはBB一派に拉致されていたため、託児所に姿を見せられなかった事を、保育士から指摘された事を思い出し、アストライアーは気分が重くなった。
「レイヴンの身勝手に付き合わされる保育士も気の毒な気がする……」
 風を靡かせ、誰となくアストライアーは呟いた。エレノアだけなら兎も角、自分がレイヴンであるがために余計な巻き添えを食う人間達が、果たして自分の周囲で何人出てしまうのか。
「……何を考えているのだ、私は?」
 徒な感傷を覚えるような人種じゃなかったとは自覚していたつもりだが、なぜか余計な事に気が行ってしまう。その原因も分からぬままに、アストライアーは託児所の敷地前でグラディウスを停めた。そこには見慣れない真紅のバイクが停められている。これはいったい誰のものだろうかと思いながらも、照明がついていた中の様子を伺う。
 だがその途端にアストライアーは驚いた。能面のような顔に、一切の驚愕が浮かばないまでも驚いた。
「ありえない……」
 アストライアーは目を疑い、一度目をこすった。そして再び目の前の現実を注視する。
「あ、おかあさんっ!」
 エレノアが継母の姿に気づいて駆け寄ってくる。ここまではいつもとそう変わりがない。その後を追って来た、若い女性保育士の姿も許
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まろやか投稿小説 Ver1.50