#34.強敵を追って(その1)

 折よくオフだったアストライアーは、ストリートエネミーと、目を見張る成長を遂げる新進気鋭の若手・アップルボーイの試合を、観客席の入り口から無言で見つめていた。道楽やストリートエネミーの無様な負けを期待しての観戦ではない。敵情視察である。
 管理者実働部隊との戦いを忘れたわけではなく、またアキラと直美という二人のイレギュラーへの警戒や興味ももちろんある。だが、そのイレギュラー二人と戦うに当たり、まずはアップルボーイが厄介な存在になるだろうと、アストライアーは見たのである。
 何しろ、今見ている限りでも、ストリートエネミーとアップルボーイの実力はほぼ互角といっても良く、レイヴン歴半年前後の人間とは思えないほど機体制御も出来ている。操縦者の性格をダイレクトに現した、正面からの撃ち合いというスタンダードなスタイルではあるのだが、危なげないその戦いぶりに、アストライアーはいつしか警戒し出したのだ。
 その彼女の前で、アップルボーイ駆るエスペランザが垂直ミサイルを放った。しかもただ撃ったのではない。機体を左右に振り、まるで扇を描くような軌道でミサイルを打ち上げたのだ。
「相手に心理的威圧感でも与えようというのか?」
 派手に舞い上がる噴煙に観客がどよめく中でも、アストライアーは冷静に相手を分析していた。
「前進すれば回避出来そうだが……」
 するとスタティック・マンは、アストライアーの意思を感じたかのように前進、垂直ミサイル群をきわどいところで回避して見せた。
 その直後、今度はエスペランザが前進した相手を射撃しにかかった。ならばとスタティック・マンも対ACライフルで応じる。
「垂直ミサイルを牽制に使ったか?」
 もしそうだとしたら、ルーキーにしては結構やるようだとアストライアーは頷いた。
「直美やアキラから学んだと言うのも、あながち嘘ではないのかもな」
 以前テラから聞いた噂が、アストライアーの脳裏をよぎる。
「アストライアーさん?」
 そんな中、依頼先で何度も耳にした、レイヴンにしては異様なまでに優しい女性の声が横から聞こえ、アストライアーの頭が反射的にその方向に振り返った。
 微笑みと共に現れていたのは、自分に敗北の辛酸を味わわせたイレギュラーと行動を共にしていた女性だった。青く澄んだ瞳、緑がかった黒髪、女物のジャケットの上からでも分かる、熟れた果実のような大きな胸の膨らみ。間違いない、以前データベースで目にし、これまでも度々目の当たりにして来た姿と同じである。
「……直美!?」
 何故、此処に居る――それが率直な感想だった。しかも、不気味な幽鬼の如く彼女に付きまとっていた銀髪のイレギュラーの姿もいない。
「……何故、此処にわたしが居るのかって思ってる?」
 更に自分の考えまでも悟られていたか。背筋に冷や汗が伝ったのを感じながら、アストライアーは小さくうなづいた。
「アップルボーイの成長ぶりを見に来てあげてただけ。でも試合開始前にアストライアーさんの姿を見かけ、悪いと思いながらも後をつけさせてもらったわ」
 成る程なと納得出来たアストライアーだったが、しかし違和感が拭えない。無理もない、いつもであればあるべきはずのものが、何故か見当たらないのだから。
「……? お前だけか?」
 必ず居るであろう直美の取り巻きが、今回はなぜか見当たらない。
「……今回は仲間がいるのは好ましくないわ」
「訳あり、と言う事か?」
 直美は頷いた。すると、彼女はアストライアーの手を引き、観客席の裏側まで引っ張った。
「何をする!」
 露骨な敵意を示したと見なし、すぐに直美を振
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まろやか投稿小説 Ver1.50