#32.暴君の消えたアリーナ

 6月12日、とある一つのニュースがレイヴン達の間を駆け抜けた。
 ニュースの内容自体は大した事がない。単に、一人のレイヴンが戦場に倒れた事を報じる程度でしかなかったのだから。本来、ACに乗れねば社会不適応者として野垂れ死にする立場のレイヴンが一人倒れた所で、それが大々的に報じられる事はない。
 しかし、今回戦場に倒れたレイヴンの存在は極めて大きく、それ故スポーツ紙の紙面はおろか、一般紙の記事の一部に死亡記事が載るほどの存在だった。当然、その紙面がレイヴン達に与えた影響は計り知れなかった。
 何故ならそれは、レイヤード第3アリーナに8年間に渡って君臨し続けた暴君――BBの死亡記事だったからである。
 彼を破滅させた女剣士――アストライアーにも当然取材の手は及んだ。
 しかし、彼女は沈黙を守り続け、一切の情報を割る事はなかった。BBへの復讐の為アリーナに参戦した彼女が何も語らなかった事で、「誰が暴君を倒したのか」が話題となり、それを探る番組までが組まれたほどだった。
 勿論、真っ先に話題に上げられたのはアストライアーだった。その根拠となったのは、タイラントとヴィエルジュの戦い――エースが諦観していたあの戦いが、恐らくはメタルスフィアの仕業であろうが、ネットの動画投稿サイトに上げられていたのである。その為、アストライアーがBBを殺したと言う説は、決定的でこそなかったものの、有力視されていた。「決定的」に留まったのは、この件についてもアストライアーは一切コメントをしていなかったからである。度重なる取材にも、アストライアーは徹底して無言を貫き、真実を一切語ろうとはしなかった。
 結局、番組では「レイヤード第3アリーナに君臨し続けた暴君にはそれなりに敵も多かっただろうし、真犯人の特定は出来ない」と、半ば結論を投げ出す形で議論が終了してしまった。ネット上でもまた然りで、他のアリーナのトップランカーから下位ランクを低迷する無名のレイヴン、実働部隊、果てはまだ名前も公になっていない者の仕業とまで、様々な推測がなされたが、いずれも仮説・憶測の域を出なかった。
 ネットの匿名掲示板でも、BBを殺したものを推理した挙句に叩いたり、ランキングがどう変化するかを予想する書き込みが相次いだ。
 しかし最も多かったのは、やはり暴君のアリーナ支配に対する報いや因果応報、自業自得だと批判する趣旨の書き込みであった。と言うのも、BBと、ロイヤルミストに代表されるBBの取り巻き達が、ネット上での火消しに躍起になっているとの疑惑があり、不正に付いて言及があったブログや掲示板が悉く荒らされた事で、それは真実味を帯びた噂として囁かれていたのだった。
 その為かBBとその取り巻きはネット上でもかなり嫌われており、殺された暴君に対して哀悼を示す者は、少なくともアリーナファンが集う掲示板やブログの類に置いては、殆ど居なかった。
 レイヴン達の間でも、第3アリーナを牛耳る絶対的存在が消えた事で、当アリーナは確実に変容を迎えていた。絶対者が消えた事で、BBがもたらした絶対的支配体制を守ろうとし、それに縋ろうとランカーと、彼等に取って代わるべく成り上がろうとするランカー達の間に、激しい火花が散る事となったからだ。
 そして、復讐を終えたアストライアーも、Bランカーという地位ゆえ、否応無くそれに巻き込まれていたのだった。


「流石に、素早いな……」
 ヴィエルジュが天を仰ぐ先で、対戦相手であるハンターフライが操る、紺色と青紫のツートンで塗装された逆間接ACが飛び回っていた。それがランサーバグと
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