#05:人類の敵

しに掛かったのだ。悲鳴に続き、ファシネイターの足の下で死んでいく。悪逆の存在となったジナイーダが幼子と妊婦に施した慈悲は、肉が潰され、骨が踏み砕かれる音を、彼女達に聞かせなかった事だった。
 レティシアは姉妹を強引に前へ向かせ、逃げてと叫び、自分も逃げ出した。己と胎児と子供達の生存を確かなものとしてくれる存在を求め、お腹を抱えて駆けるが、早く走れず、遂には足がもつれて転んでしまう。
「おねえちゃん!」
 逃げていた姉妹が、転んだ妊婦に振り向いて戻って来てしまった。私はいいから逃げてと促すが、姉妹は倒れたレティシアを、無い力で何とか起こそうと取り付く。
 彼女達の背後では、悪魔じみたファシネイターの足音や銃声が響き、そのたびに背後の人間たちが踏み潰されていく。しかもそれが、まだ起き上がれていないレティシアへと近付いていく。
 その直後、ビルを飛び越え、左肩に心臓のエンブレムを持つ巨人が眼前に降り立った。レティシアはそれがACであるとは知らないが、しかし、赤と黒で彩られたそれがハンターの駆る兵器である事は分かった。そして、あのジナイーダを破壊出来る存在が来たのだと。
 事実、そのACはファシネイターの姿を認めるや否や、両腕に携えたマシンガンを発砲した。
「早く逃げろ!」
 ACを駆るハンター――声からすると若者が叫んだ直後、ファシネイターは軽々と跳躍し、頭上から蒼白い光弾を放った。光弾は近くのビルに着弾し、レティシア達に直撃こそしなかったが、高熱を伴う閃光が彼女と子供達を包んだ。
 蒼白い光の中で、自身の全細胞から急激に水分が奪われ、炭化して行く苦痛にレティシアは絶叫した。お腹の赤ちゃんを庇おうと咄嗟に身をかがめたが、熱は既に全身の筋肉や内臓からも水分を急速に奪い、出産間近の胎児に死を告げていた。子供たちも生きながら火葬される苦痛に呻いている。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、レティシアはもがく。こんなの嫌、赤ちゃんと一緒に火葬されるなんて……。
「何てこった……このクソッタレが!」
 若きハンター――クオレが発した悲痛な悪態と、続けざまに鳴り響くマシンガンの銃声は、もうレティシアには聞こえない。そして、彼女の肉体は完全に炭化した。誕生すら出来なかった胎児と、名も知らぬ幼い姉妹と共に。
 それを見届ける事もなく、ファシネイターは新たな犠牲を求めて飛び立った。クオレとグラッジパペットが、それを急ぎ追撃する。


「逃げんじゃねぇ、このクソッタレ!」
 レティシアと子供達を亡き者にしてもなお、ジナイーダは破壊本能の赴くまま、そして追撃するクオレを嘲笑うかのように、道行く先で人間たちにその火器を向けていた。グラッジパペットが背後から追走しているにも拘らず。
 火線とマズルフラッシュの迸った瞬間、市街地を疾走するファシネイターの銃口の先では多くの人間たちが倒れていく。しかし、その中でも最たるものは、発育途上だったものの肉塊、即ち人間の子供だった。
 ジナイーダは子供や障害者、更には赤子や妊婦を目撃するや、それが何であろうと、有無を言わさず、片っ端から射殺に掛かり、時に踏み潰した。
 このジュイファシティにおいて、子供は最早爆心地も同然であった。その行為には良心の呵責など欠片もない。そして、それが己のあるべき姿であると、人間を捨てて悪逆無道の存在へと堕ちたラストレイヴンは信じて疑わない。
 24時間戦争において、インターネサインよりただひとり生還して以来、多くのレイヴン達を屠り続け、遂にはドミナントと言う、当時としては並ぶ者のない地位にまで上りつめた女傑と言うのが
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まろやか投稿小説 Ver1.50