#05:人類の敵

ィシアは荒い息遣いを発して街を駆けていた。喉から漏れる悲鳴同然の呼吸音と、不規則な足音も発しながら。自分が早く走れない、と言うより走るべきではないと言うのを承知しながら。
 後ろを振り向かず、彼女はひたすら駆ける。停滞と逡巡は死を意味していた。その根拠は、彼女の背後で赤々と炎上する病院と、そこから発せられる銃声だった。本能的な恐怖感に突き動かされ、レティシアはそこから逃げ出したのだ。
 しかし、その速度は人間の身体から考えられる全速力には程遠い。今、病院から発せられた銃声と爆発音、怨嗟の声から逃れるには心許ない。逃げられないかもしれない。
 だが、それでもレティシアは病院からいの一番に逃げ出した。既に他数名の患者や医療関係者、あるいはその身内も後に続き、一部追い越しているものもいた。
 だが、彼女は足を止めない。この時彼女は、命を捨ててでも守るべきものを、その膨らんだ腹に抱えていた。
 既に恐怖と混乱は病院に留まらず、都市全体に広がっている。その中で、恐慌と生存本能に駆られた市民が逃げ惑う。その根源たる襲撃者の姿はなく、この世界の新たな住人たるモンスター達や機械生命体の姿も見られない。
 だが、レティシアは感じている。病院を破壊した者が、いずれは自分達をも殺すべく飛び上がり、全てを粉砕しかねない力を伴い迫って来る事を。既にその正体と行状を知っているだけに、尚更であった。
 そして、襲撃者が背後にいると思うだけで、背筋が熱を帯び、手足の末端や頭から血が抜けてそうになる。体毛が立ち上がり、膨らんだ腹が破裂してしまいそうな、激烈な生理的嫌悪感が内から込み上げてくる。
 そこに襲撃者がいると分かっているから、振り返る必要はない。だが、ひときわ大きな爆発が起きた事で、レティシアの視線が不意に背後へ向いた。
 そして、彼女は見た。紫と灰色で塗装され、三角形を描くように配されたレールをもつ奇妙な銃と、人間が使うそれに似てなくもない銃を備えた鋼の巨人を。エメラルドグリーンの光を放つ、その一つ目を認識するに及び、恐怖に身を振るわせる。
 機械生命体となり、人類を蹂躙する為だけに存在するラストレイヴン・ジナイーダ――それが、レティシアの記憶領域から導き出される結論だった。
 ファシネイターと言う機体名こそ知らぬものの、彼女は知っていた。これまでにも、幾度となくあのACが病院や孤児院を焼き払い、抵抗する術を持たぬ人間たちを建物ごと焼き払い、逃げ延びた者でさえも、悉く蹂躙している事を。
 早く逃げなければ、自分と赤ちゃんも蟻の様に踏み潰されてしまう。足を早めようとしたレティシアだったが、背後から女の子の泣き声がした事で、不意に足を止めてしまう。
「うわ〜ん、いたいよぉ〜」
「しっかり!」
 幼い姉妹だろうか、転んだ幼児をもう一方の女の子が必至に起こしていた。
 レティシアは反射的に二人の下に駆け寄っていた。自分の身の安全を優先するべき潮時ではあったのだが、転んだ幼児を起こし、手を取る。
「おねえちゃん?」
「いいから早く! ここから逃げるのよ!」
「忌々しい虫ケラが……」
 レティシアと姉妹の声が聞こえたか、ドスの利いた低い、機械的なエコーの掛かったジナイーダの声が響く。地獄から響くような声に、レティシアは背筋が冷え、恐怖心で血の気が引くとともに、憎悪がかき回されるような不快感を覚えた。
「力無き者は死ね」
 病院から生命の気配が消えたと見え、遂にファシネイターは周辺から逃げようとする者達にその矛先を向けてきた。廃墟から抜け出し、レティシアの目の前で、人間を踏み潰
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まろやか投稿小説 Ver1.50