#21.蒼の者

 夜風に吹かれるアストライアーは、今何をしているのだと、己と己が心に問いかけていた。
 ここまで彼女は、自分の周囲を嗅ぎ回っていたリサーチャーを恫喝、BBの情報を聞きだし、警察関係者にエレノアの捜査状況を尋ね、自身でもアリーナやコーテックス支部に顔を出したBBを、気付かれない様に尾行したりと、自身でもあの手この手と言う様相で動いた。
 だが、遂にエレノアを見つけ出す事は適わず、彼女はスキュラとの接触により、BBがエレノアに何かしらの形で関わったのだろうと判断した。スキュラがあの様子であったから、エレノアもBBの手に落ちたのだろうと察したのである。エレノアに何かをする前に、探し出してケリをつけねばならない――そう決意しての、ACを用いぬ出動だった。
 本来なら、これにはACを使いたい所だった。
 だが4日前、サイラス以下整備士達がアストライアーに扱き使われるのは御免だとサボタージュを決め込んでしまい、謝罪して容れられたものの、ヴィエルジュの整備は1週間の期限付きで「勘弁しろ」と言う事になってしまった。
 一時的ながらもACを使えなくなったアストライアーは、エレノア捜索と、直美との遭遇で生じた疑問への詮索を一時中断し、BBの首を独自で狙う事に切り替えていたのだ。
 その前章となったのは、アストライアーに宛てられた「Nachtfalter」と署名のあるメールだった。メールには、BBが拠点としている場所とその周辺マップが添付されていた。「レヒト研究所での侘びだ。使ってやってくれ」と言う、ナハトファルターからの一応の謝罪と、「アリーナの変革を期待しているぜ」との激励も添えて。
 メールの信憑性を得るべく、射殺を覚悟しての数日に渡る尾行を行った末、BB一派がスラム街の外れにある、表向きは閉鎖された古い雑居ビルに姿を消した事から、其処が拠点である可能性は高かった。メールに記されたマップ通りだった。
 そこを隠れ蓑としている可能性も無くはなかったが、既にその位置情報は、脳内に記録されたマップに記してある。あとは、隠密行動のうちに然るべき行動を果たすのみだった。
 アストライアーは周囲の人間に自分の姿が解らない様、ビルの屋上を渡り歩いていた。サイボーグ――アストライアーは誰にも言わなかったが、彼女の身体は暗殺や特殊工作を主眼としたセッティングである――ならではの超人的身体能力が成せる技だ。市外にはネオンが溢れていたが、誰もアストライアーの姿には気が付かない。最も、ビルの屋上に人がいたとしても、普通は頭上を見上げる機会が少ない人間は気にも留めていないだろう。
 アストライアー自身も、普段からビルの屋上に注目してはいない。そこで、移動経路に用いる目立たない場所の候補に、こうしてビルの屋上を選んだ。
 以前、BBからの追っ手を警戒していた時は下水道を通っていたが、しかしアストライアーはそれを避けた。以前は白昼だった為、ビルの上を通っていたならば怪しまれる事から下水道を使ったに過ぎない。
 加えて、地下水道跡に産み付けられたおびただしい卵と、それから孵化した巨大な蛆を目の当たりにしている。あれに再び遭遇するのは、アストライアーとしても願い下げであったし、そもそもBBとその一派を警戒している上で、蛆にまで注意を払う余裕はない。
 以上の事から、アストライアーはフリーランニング選手でも滅多にやらぬ事を選択したのである。
 もっとも、普通の人間が、ビルからビルへと飛び移るアストライアーの姿に気がつく事はないだろう。何故なら、彼女の特徴ファッションである群青色のコートは外され、
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まろやか投稿小説 Ver1.50