#20.足りないもの

 マナ=アストライアーは、どう見ても精々中規模程度のミラージュ基地の奥深くで、メインコンピュータルームを有する区画へのゲートに愛機を陣取らせていた。
 四方を鉄筋コンクリートや空調設備、照明器具、その他諸々の機械類に囲まれているこの部屋で、時間の感覚を唯一呼び覚ましてくれるのは、アストライアーの腕時計と、コンソールの片隅に表示されている、管理者と同期している時計だけだった。それによると、現在時刻は5月19日の午前3時52分。腕時計はこれよりも4分ほど表示時刻が進んでいる。
 エレノアが消えてから、早くも3週間近くが経過する計算になる。
 既に基地内にはレッドアラートが発令されており、いつまでもエレノアの事ばかりを案じているわけには行かない。しかし、それでも思考はあの幼女の事に傾いてしまう。この10日間、アストライアーの身体コンディションは特に所見なし、鉄パイプで殴られた損傷も癒えたが、臓器がひとりでに口から這い出してどこかに行ってしまいそうな不快感に見舞われ続けていた。
 それでも、アストライアーは依頼を断るという選択肢を廃していた。と言うのも、アストライアーは、最も有りうる可能性にして最悪のシナリオである「BBによる誘拐説」を信じていた。同時に、自分を潰す為に刺客が送り込まれるにしても、その他のケースにせよ、兎に角同業者達との接触で、何か情報が得られればと思っているのだ。同じレイヴンの事であれば、最終的には同業者が一番知っている筈だと、女剣士は見ていた。
 すぐにでもエレノア捜索を実行したい所ではあったが、彼女は堪えた。侵入者の動向が、館内放送やマップコンソール上の赤い点やライン表示などで逐一アストライアーに届いており、またブリーフィングでも持ち場は現在位置だと指定されているからだ。レイヴンでありながら防御の要衝を任される点が、ミラージュにおけるアストライアーの評価の高さを示していたが、彼女にとって、その現実は露ほどの慰めにもならなかった。
 エレノアのことに加え、守備戦力がレヒト研究所のそれとは比較にならないほど弱小だった為である。恩師であるグローサー大尉の率いるAC部隊の面々も動いているが、果たしてどれほど防げるのか、アストライアーには気掛かりだった。
 何せ、相手は――
「敵機、接近!」
 オペレーターの声が思考を圧し、アストライアーの脳内は戦闘モードと緊張に支配された。刹那、ゲートが荒々しく両断され、純白と濃灰、紅色のアクセントと言うカラーリングの敵機が踏み込んできた。その手には、見覚えのあるミラージュ製ライフルとレーザーブレードが携えられていた。
 アストライアーは、ゲートを両断して踏み込んできたACへ、無表情のまま目をやった。特別な感情は持っていないと誰もが思うところであったが、当のアストライアーは、実の所、かなり――とまでは行かないだろうが、少なからず動揺していた。本人がその事を後に尋ねられたら全力否定するだろうが。
「また貴様か……」
 アストライアーは溜息をついた。内心、もういい加減にしてくれと言うのが正直な所だった。何せ、自分を3度も打ち負かしてくれた相手である。今回もまた撃破されるのかと、アストライアーはほとほと嫌気が差していた。
「直美! いい加減にしろ!」
 あからさまな嫌悪感を滲ませる罵倒にも、通信モニターに映し出された直美は無表情のまま。
 しかも彼女は、そのまま背後からロケット弾を見舞うヴィーザルとスクータムの攻撃を、まるで目が付いているかのように難なく回避して見せると、逆に急速反転からライフルを次々に叩き込んで
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まろやか投稿小説 Ver1.50