#19.アンダーグラウンド

 謀殺と巨大兵器から辛くも逃げ延びたアストライアーは、帰ってきて早々、予想通りサイラスからの罵詈雑言を浴びる事になった。
 だが彼女は、そんな整備主任を無視し、ガレージにヴィエルジュを預け、バイクを飛ばして帰宅していた。
 帰宅して早々、彼女は休む間もなく荷造りにかかった。
 外泊用スーツケースとバックパックに、必要最低限の衣類とラップトップ型パソコン、その他の私物を急ぎ押し込み、分解式ショットガンのパーツをボディスーツの随所に忍ばせる。12ゲージショットシェルもウェストポーチや弾薬帯に押し込む。常備品である父親の形見・黒百合以外にも、拳銃やナイフを数本、同様にしてコートやスーツに忍ばせる。職業柄、遠征の際の荷造りには慣れていたため、これらの作業は僅か15分程度で完了した。
 こうして暗殺者のような装備を自らに施すと、即座にドアを施錠し、逃げる様にしてマンションから飛び出した。これもBBによる暗殺行為を警戒しての事だが、暗殺者は勿論、企業戦力や治安当局を動かしてまで自分を亡き者にしようとするのではと警戒し出したのである。
 アストライアー自身、今までも何度か、刺客を警戒してこのように自宅を飛び出した事がある。今回の場合、恐らくBB抹殺までは戻れないだろう。
 彼女は何処に行くか、明確には決めていなかった。同時に、自分には行くべき場所はあそこしかないだろうと考えていた。
 ACから降りれば狙われる以上、AC――少なくてもそれを係留しているガレージならば、常に整備士や他のレイヴン達による出入りがあるし、ガレージには整備士達が仮眠を取る休憩室や簡易食堂、シャワー室と言った施設もある。
 必要ならパーツ用の地下倉庫やボイラー室に身を隠す事だって可能だし、最低限、食する事と寝る事には困らない。エレノアが戻って来ないのは気掛かりだが……しかし今は自分の身の安全を優先するべきだった。
 ただ問題は、そのガレージに向かう最中にBBの差し金が来ないかどうかだった。それから逃れるには、強引だが仕方ないと割り切り、全力疾走した。
 彼女の全力疾走は数分間にも及んだが、息を荒げる事はなかった。強化人間故の驚異的身体能力が成せる事だった。
 そうして暫く走った後、アストライアーはマンホールの蓋を強引に、力任せに引き上げると、まずスーツケースを投げ落とし、続いて彼女自身の細い体躯を地下へと滑り込ませた。此処まで捜査の手が伸びる可能性もあるが、それまでは時間稼ぎになる筈だ。下水道作業員に出くわさない事を祈りながら、アストライアーは周囲を見やると、体を沈め、蓋を力任せに引っ張り、地上への出入口を閉ざした。
 エレノアは戻って来るだろうか、そしてもし戻ってきた時自分がいなければ……エレノアは自分を探して放浪するのだろうか。泣ながら私の名を呼び、私を求めて当て所なく彷徨うのだろうか。一応警察機構にはエレノアの捜索願と連絡先として自分の携帯端末の番号を連絡してあるが……不安を抱きながら地下へと降りていく。


 梯子を降りて程なく、生活廃水から生じる濃密な湿気と激烈な悪臭がアストライアーの鼻腔を刺激し、一切の思考を中断させた。
 目の前では、トレーネシティの人間が垂れ流した出し殻が、水と混ざり合いながら押し合い圧し合いし、やがて一つの大きな川に集まって流れている。その両岸には、コンクリートで固められた歩道が、流れに沿って走り、他の下水道や地下道とトンネルで繋がっていた。下水道職員が行き来する目的で作られた連絡通路である。
 下水道内は一切の光から遮断され、また照明もない為に文字通りの
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まろやか投稿小説 Ver1.50