#18.逃走

「“標的”を殺すのに力を貸して欲しい」
 そのようなメールがアストライアーに届いたのは、レヒト研究所の攻防戦から1週間が経過した5月4日の深夜だった。
 差出人は、レイヤード第4アリーナに在籍するランカーレイヴンである事を文面で名乗っており、自らを「オヴィラプトル」と称していた。
 メールの文面の内容は、あるレイヴンの抹殺を依頼するものであったが、それにコーテックス名義の書名は無かった。つまり、これはコーテックスを介さない私用メール、つまり非正規の依頼と言う事になる。最も、アリーナの権力闘争に端を発する暗殺の類は、総じて闇に葬られ、極秘のうちに処理されるのが常だが。
 その依頼文によれば、目標のACはレイヤード第4アリーナのトップランカークラスの腕を持つレイヴン「コルブランド」で、相手が相手だけにクライアント一人では到底太刀打ち出来ないとの事で、予てより腕利きとして知られていたアストライアーに、是非協力して欲しいと言う内容だった。
 しかし、当のアストライアーはと言うと、
「この“標的”とやら……まさか私ではあるまいな?」
 そう、疑問を抱き続けていた。
 アストライアーに対し「名剣士」やら「女剣豪」、果ては「剣の天才」と言った賞賛の言葉も付け加えての依頼だが、当の女剣士にとってはきな臭さも甚だしいメールであった。
 そもそもレイヤード第3アリーナと言う所属の違いこそ有れど、彼女は同業者間では危険人物か厄介者扱いされるのが常、肯定的な視線を向ける同業者ははっきり言って少ない。テラやストリートエネミーの様な顔見知り、エースやワルキューレの様な人格者ならば兎も角、それ以外のレイヴンから賞賛されるような存在ではない事を、彼女は肌で感じるまでもなく自覚していた。
 加えて、第4アリーナのトップランカークラスレイヴンをわざわざ謀殺する理由が分からなかった。少なくても、メールの文面からはそれを察する事が出来ない。何故彼を狙っているか、その動機の一つや二つぐらい書き連ねても罰は当るまい。
 そればかりか、コルブランドをどうやって襲撃するかすら記述されていない。記述されているのは現地集合と言うことだけだった。
 加えてその「現地」と言うのが、レイヤード第1層自然区のアヴァロンヒルに指定されていた。アストライアーが知る限り、アヴァロンヒルは残骸が転がるだけの殺風景な荒野である。
 兎に角、第4アリーナの上位ランカーを謀殺するには情報量が足りない。アストライアーにとってはそう感じられた。故に、自分を謀殺する為に誘き出そうとしているのだと認識した。殺す為に誘き出すと言うのなら、余計な情報を書き連ねる理由はない。
 本来なら、依頼人に余計な詮索を抱かないアストライアーだったが、同業者絡みでは自分の抹殺が背景にあって然りだと考えている。己の生存と言う観点から、詮索を辞さないのは至極当然であった。
 いずれにせよ、メールが届いた翌日に、ヴィエルジュはクライアントのレイヴンと合流する為、アヴァロンヒルの丁度中央に佇む、巨大な残骸へと向けて進んでいた――謀略であろうと承知した上で。
「私を誘き出して殺す心算か……まあ大方、BBの差し金であろう事は容易に想像出来るがな」
 勝利の為――即ち自分の地位を保つ為ならばいかなる手段も厭わぬあの男の事、いかなる行為をもとって然りであると、彼女は信じて疑わない。今回の依頼は、それが露骨に表れているようにも思えた。
 そもそもアストライアー自身、一方的な理由で試合の出場権を停止させられる等、BBの仕業と思しき圧力をかけられた事も一度や二度では
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まろやか投稿小説 Ver1.50