#17.疑念混濁

「信じられん」
「私も……」
 昼間だと言うのにカーテンが閉め切られた室内を照らすラップトップPCのディスプレイを見て、ノクターンが、次いでワルキューレが呟いた。
「まあそうだろう。最初聞いた時は、俺も耳を疑った」
 部屋の主である大柄な男が声を掛ける。その横には、常に彼に随伴している金髪碧眼の男性もいた。
「だが、遂にこうして尻尾を掴む事は出来た」
 メタルスフィアから連絡を受けてから1週間に渡り、メタルスフィア本人は言うに及ばず、フィクサーを初めとしたレイヴン達と接触し、彼は確信していた。今、話題の中心にいる女剣士レイヴンが、経緯はどうあれ幼女を連れている事を。そして、真っ当な心や考えを持つ女性がそうである様に、彼女も幼女には甘くなっているのだろうと。
 彼の価値観では、それを利用しない手はなかった。所詮名高い剣豪であろうと、子供の前ではただの甘っちょろいだけの女。自分は幾らでもその弱点を突き、確実にこの世から葬るだけである。
 弱肉強食が常のレイヴン世界では、形振り構ってなどいられない。弱みを見せた者には死が待つのみと、彼は信じて疑わない。
「まさか、その子を……」
 ワルキューレは目前の主から不気味さと嫌悪感を感じ取っていた。子供を人質にするなどして、抗争に巻き込む事を、彼女は良しとしていないのである。
 だがそんな事は、エゴイズムの権化のような彼の範疇にはない。
「誰も貴様にやれとは言っていない。俺がやるまでだ」
「ですが、何も子供まで私達のする事に巻き込まなくても――」
「黙れメス豚!」
 男の鉄拳が、ワルキューレの端整な顔に叩き込まれた。
「考えるのは俺の役目だ。貴様は俺の言う事に従っていればいいだけの話だ」
「しかし、子供を人質に取るだなんて――」
 全てを言い終える前に、今度は男の脚がワルキューレの鳩尾に叩き込まれた。
「あの小娘が俺を殺るなら、殺られるまえに殺るだけだ」
「でも……」
 鳩尾を押さえ、金髪を振り乱してもがき苦しむワルキューレの顔を、厚底のブーツが襲う。
「だとしたら何だ? 貴様は甘っちょろい感情にほだされるのか? そんな半端者だから小娘ごときに負けるのだ」
 横顔を踏みつけられる中で、ワルキューレは現実に引き戻された。自分がどう考えを持っていようが、今の自分はこの暴君に従うしかない。
「……申し訳有りません、BB様」
 分かれば良いと言わんばかりに、BBは顔面をニヤ付かせながら、ワルキューレの横顔を踏みつけていたブーツをどかした。
 子供を人質に取るなど、気高い精神を持つワルキューレにとっては不本意であり、許しがたい愚行であった。ましてや、自身が認めているマナ=アストライアーの子供とあっては。
 これが万一でもアストライアーに知られたら……そう考えると、ワルキューレの嘆きと罪悪感は尽きなかった。
「まず、ノクターン」
 ワルキューレなど眼中に無いかのように、BBの鋭い眼光は、額に傷のあるオールバックの赤毛をした男性に向く。
「あの小娘と同じ依頼を受けたそうだな?」
 ノクターンは頷いた。そして、次に言い出す命令も既に定まっている事だろうと、彼は長年見て来た暴君の行動から、次に言うべき言葉も計算していた。
「あの小娘は機を見て、今度こそ消去する」
 暴君はよろしいと頷いたが、これだけではまだ足りなかった。
「今度負けたら……貴様と、貴様の妹の命は無いものと思え」
「承知している」
 ノクターンはそれだけ発すると、逃げるようにして部屋を後にした。
「さてワルキューレ……貴様にもやってもらう事がある」
 暴君は腕を組
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