#15.ジンクス

 この日――4月7日の早朝も、特にこれと言った事件もなく、平穏なままに訪れていた。規則的な生活を送っている人間の殆どは既に起床し、一日の活動準備を進めている。
「ごちそうさまでした」
「……腹いっぱいになったか?」
「うん」
 マナ=アストライアーの周辺も、その例外ではなかった。
 今日の朝食はパスタとサラダ。パスタの方は茹で上がりさえすれば手早く食せる手軽なものだ。
 栄養価的にどうなんだと言う話もあるが、食べなければ一日の活動に支障を来たしかねない。ましてやエレノアは成長真っ盛りの幼女、目覚めたその時から、彼女の肉体は食物を欲し続けている。
 アストライアーもそれは理解しており、この十数分前までは、彼女はショットガンやブレードの代わりに、調理器具を手に、エレノアの食欲と言う敵と戦っていたのである。
「……流石にパスタばかりも考え物か」
 ここ数日のメニューを振り返り、アストライアーは呟いた。エレノアが好きだからと言う理由で、連日に渡ってパスタやスパゲッティばかりだったのである。成長期の子供の事、栄養価的観点から言って好ましい事ではなかった。
 幸い、エレノアは好き嫌いこそないものの、食のレパートリー追加及び栄養バランスの考慮が急務であると、アストライアーは察した。
「さて、ちょっとガレージまで行って来るな」
 食休みもそこそこに、アストライアーはテーブルに置かれた食器を台所の水周りへと次々に移動させながら、これからの予定を口にした。
「どうして?」
「呼ばれたんだ、前々から腐れ縁だった男にな」
 アストライアーのメールボックスに、「協力要請」という件名と「トラファルガー」と言う送信者名が付けられたメールが届いたのは、昨晩の事だった。彼は明後日、アリーナで挑戦者を迎え撃つ事となっており、それに先立つ練習試合に関して話があると言う。
 トラファルガーからのメールに記されていた文面の趣旨は大体こんなものである。そしてこれから、メールの内容についての話の為、ガレージに行くと言うのだ。
 メールの文面と署名、また併せて表示された二丁のリボルバー式拳銃と、燃える様な赤い瞳――搭乗機に記されたエンブレムから、彼女はこのメールが本人のものだと判断、召喚に応じて動く事にしたのである。
 トラファルガー自身も、ガレージのどこかで彼女の訪れを待っている事だろう。
「ね、アスおねーさん」
「何だ」
 どんな頼みごとが来るのだろうか。まあ子供の事だ、そう大したものでもないだろう――そう、決めて掛かっていた時だった。
「ついていってもいい?」
 アストライアーの顔から血の気が引いた。驚いたのは言うまでもないが、それ以上に「何故そんな危険な場所に!?」と言う気持ちが強かったのだ。
 何らかの娯楽施設なら兎も角、戦闘用のACを係留しているガレージなど、幼女が行く場所ではない。アストライアーはそう認識している。
 エレノアからすれば、自分と一緒に居たいのだろうとは、アストライアーにも薄々分かっている。しかし、まさかガレージにまでついて行くと言い出すのは、予想外だった。
「もしダメだ、と言ったら?」
 断る事を前提に、幼女に問いかけるアストライアー。最も、次に出て来る言葉は大体察しが付いていることだが。第一、外見年齢6〜7歳前後の幼女が「ダメ」と言われた所で大人しくしている筈もないだろう。
「ないちゃうよ……」
 たちまちエレノアの瞳が潤み、それを見たアストライアーはジレンマに陥った。
 エレノアを連れて行けば、同業者に付け入る隙を見せる事になりかねない。しかしエレノアを置いて
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まろやか投稿小説 Ver1.50